互いに人生を賭けた勝負だったが…

 新四段が三段時代に蓄積した力を爆発させることは珍しくない。その意味では、柵木のプロ入り後の成績は物足りない部分があった。フリークラスから順位戦参加資格を得るためには、30戦して20勝以上という規定がある。柵木は編入試験の試験官を務めた時点で、プロ入りから1年10ヶ月になるが、フリークラスから脱出できていなかった。

「不甲斐ない気持ちは強かったです。特に1年目は本当にダメだった。西山さんと当たることになってからの1ヶ月間は、西山さんの挑戦に敬意を払いながらも、自分の成長にも活かしたい思いでした。浮上のきっかけを掴むために、ここで本気になれなかったらダメだと」

 中盤で柵木が大きくリードを奪うも、終盤に入り西山の剛腕が発揮され、激しい玉頭戦になった。

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「これだ、これだよって。西山さんのハードパンチを喰らって、やばいと感じながらもテンションはどんどん上がっていた。途中までは優勢を意識していたけど、終盤は何度も(やっちまったか?)と焦る瞬間がありました。勝ちを意識できたのは、本当に最後の最後でした」

 134手目、西山は自玉が逃れる術はないと見切ると、敵地に角を成り込んで形を作った。柵木は相手の玉頭に銀を打ち込む。まだ詰みまでは長手数が残されていたが、挑戦者はその手を見て「負けました」と頭を下げた。人生を賭けた勝負であったが、終局までにどこか気持ちの整理をつけていたような感じだった。柵木はすぐには西山の顔を見られなかった。

「投了のタイミングというのは、本人が決めることです。最後は秒読みが30秒を過ぎたあたりから、雰囲気は感じていました。やはり西山さんなりの覚悟があったのではないかと思います」

対局室を後にする西山朋佳女流三冠

 感想戦は、さすがに両者に疲労のあとは見られたが、重苦しい空気はなかった。互いに読み筋を述べ合い、西山の声は和やかだった。柵木は言う。

「私だったら、あんな感じにはできない。チャンスがあったはずだとか、もっと悔しそうにしている。普通に落ち着かれていたのは、すごいです」

 報道陣の誰かが、西山の表情に「意外に笑顔が多いな」と呟いた。

 会見の席に現れた西山は、毅然としていた。最初に口にしたのは試験官として対局した5人の棋士や関係者への感謝だった。

記者会見での西山朋佳女流三冠

女性が強くなるためには

 筆者が以前に取材した元奨励会員の女流棋士は、当時対局後に相手がつぶやいた言葉が忘れられないという。

「女は辞めても女流棋士があるからいいよな」

 彼女は退会後に将棋から離れるつもりだったが、周囲の説得により女流として将棋を続ける決心をした。

 編入試験第5局の終局を盤側で見守った畠山は、西山の胸中についてこう話す。

「奨励会三段というのは、年齢制限までにプロになれなかったら、もう将棋とは関われないという覚悟で指している。西山さんはそれを経験してきたから、奨励会を抜けていない自分と試験官の彼らが指すことが、どういうことかをわかっていた。それが局後の『試験官の5人に感謝を申し上げます』という言葉に込められていたと思います。そして女流棋界の地位も上げなければという気持ちも、強くあったのでしょう。人間として本当に立派だと思います。それだけに、勝負の鬼には徹しきれなかったかもしれません。

 私は里見さんに言ったのですけど、もっと我儘にマイペースにやれば、もっと楽な人生で、いい思いが出来るのにと。あの二人が何も考えずに純粋に上だけを見ていけば、まだまだ強くなれるし、壁を超えていけるのでしょうけども」