編入試験の日、立ち合いを終えた畠山が棋士室に戻ると、対局を終えた若手女流棋士が何人も残って研究を続けていた。
「彼女たちの中には、対局中はずっと正座で通す人も多い。真面目で努力もされていますが、厳しく言えば、まだお手本を習っている将棋のように感じます。西山さんの対局を観ていた中から、覚醒する人が出てきてほしいと願います」
忘れられない時間
柵木はその夜、大学の先輩に当たる記者と食事に行き、22時頃に高槻にとってあったホテルに戻った。ラインで友人たちと話した後、翌日の研究会に備えて寝ようと思ったが、明け方まで眠れなかった。
「この日の対局は不思議と力を出すことができました。プレッシャーがかかっておかしくない対局なのに、それを感じることなく指すことができた。西山さんのことを考えると喜ぶ感じにはなれないですが、純粋に将棋が楽しかったというか。
私と西山さんは、棋力が同じくらいだと思うんですよ。その相手が死に物狂いでやってきて、自分も同じ気迫で向き合うことができた。その興奮が覚めなかった」
試験官を務めることに気持ちの上で負担はなかったのか?
「僕は女性初の棋士というのは、正直あまり関心はなかった。西山さんの挑戦に、どう立ち向かうかだと思っていたんです。世間が考えていることは、どうでもいいって思っていました。西山さんに対して、敬意を持って戦うだけだと」
棋士たちの前向きな将棋への正直さ
柵木に話を聞いたのは対局から3日後だったが、込み上げる感情が、それを表す言葉を探している感じだった。
「駒を触っているだけで楽しかった頃ってあるじゃないですか。今回のために数人の方にVSをお願いしたのですけど、その中で将棋を始めた頃を思い出せた気がした。
三段リーグは2度とやりたくないですが、ひりつくような空間で両者が智力を尽くして戦うって、楽しいよなって感じたことがあった。人生を賭けて将棋をやっていた経験なんて、他の人にはないじゃないですか。西山さんと向き合いながら込み上げたのは、あの頃以来の気持ちでした。負けてすごい悔しかったことも当然いっぱいあるし、今もあるんですけども」
今回の編入試験全局を現場で取材し、試験官を務めた5人に話を聞くことができた。そこで感じたのは、棋士たちのひたむきな将棋への正直さだった。
なお、柵木は4月25日の勝利でフリークラスを抜けるための規定に達して、来期からの順位戦参加資格を得た。
写真=野澤亘伸

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