「逆転しない正義とは何だろう」
「最後にひと言。やなせさんは戦争が終わって復員して来た時、弟が戦死していたのを知りました。そして、正しいと思っていた正義も逆転していました。では、逆転しない正義とは何だろうと考えます。それで、このアンパンマンです。ほっぺたのパンをちぎって困ってる人にあげる。自分は弱まってしまうのですが、それでもほっぺたをあげる。『献身と愛』とやなせさんは言っていますが、これこそ逆転しない正義ではないかというのです。アンパンマンはやなせさんの思想を託された大事な大事なものなのです」
大西さんはアンパンマンを愛おしそうに撫でた。
案内所に戻って、もう一人のガイド、山本さんに話を聞く。
山本さんは、元小学校の教諭だ。高知市で高知城や桂浜を案内しているガイドのメンバーでもある。
既に定年退職して久しいが、時間講師などとして教育現場に関わってきた。昨年は半年間、南国市役所に置かれた教育研究所の所長をピンチヒッターで務めた。その時、副教材を作成するための資料がないか、同じフロアーにあった南国市観光協会に相談していた時、「ガイドに加わりませんか」と誘われた。
案内するうえで、やなせさんについて勉強し直した山本さんだが、やはり「逆転しない正義」について考えさせられた。
「お父さんが亡くなり、弟は先に養子になって、お母さんも再婚する。伯父さんに引き取られて、お母さんは帰って来なかった。寂しい思春期です。一度は線路に横たわりもしました。戦地では苦労し、本当にひもじい思いもしたようです。暢(のぶ)さんと結婚しても、漫画家としてはなかなか売れませんでした。69歳になって初めてアンパンマンがテレビ放映されます。並大抵ではない人生だったと思います。
武器を持たず、相手を傷つけないヒーロー、アンパンマンはそうした人生経験から生まれ、実はやなせさん自身だったのだと思います。怪獣ものや変身ものではまちが壊されます。そうしたテレビや漫画が全盛だった時代に、アンパンマンを描き続ける。信念を貫き通したのです」

