「伊代はまだ 16だから~」のフレーズが印象に残る「センチメンタル・ジャーニー」で松本伊代が歌手デビューしたのは1981年のこと。それから44年の月日が流れ、きょう6月21日、松本は60歳の誕生日を迎えた。
「センチメンタル・ジャーニー」の作詞は湯川れい子、作曲は筒美京平と、いずれもヒットメーカーが手がけた。松本は「伊代はまだ~」の詞を見たとき、自分のことを名前では呼ばないのでちょっと不安を抱いたが、《京平先生のメロディに乗せて歌い始めたら、気恥ずかしさは消えました。詞にメロディがはまっていたので違和感なく歌えたんです》という(『週刊ポスト』2021年8月13日号)。
松本の芸能界入りのきっかけは、中学3年生だった1980年、東京・原宿の歩行者天国で『週刊セブンティーン』(現『Seventeen』)のカメラマンに声をかけられ、撮影に応じたことだった。このあと、誌面に載った写真を見た芸能事務所・ボンド企画の社長にスカウトされると、数日後には、TBS系のバラエティ番組『たのきん全力投球!』の田原俊彦の妹役のオーディションを言われるがままに受けて合格、翌春の高校進学と同時に出演を始める。
剃刀や針を刺した顔写真が届いたことも
当時、田原は人気が爆発していただけに、松本のもとには、嫉妬したファンから剃刀や針を刺した彼女の顔写真を入れた手紙も届いたという。ただ、本人は、《そういう噂も聞いていたから、「あー、あたしにも来た! 芸能人になったんだ」くらいで(笑)》、さほど深刻には受け止めなかったようだ(『週刊文春』2009年12月31日・2010年1月7日合併号)。もともとアイドルが好きだったので、デビューにあたって事務所から「2年間は休みがないと思って」と言われても、やる気のほうが上回って全然気にならなかったという。
レコード会社は争奪戦の末にビクターに決まり、長期戦略のもと売り出された。「センチメンタル・ジャーニー」発売の2ヵ月前の1981年8月から全国のレコード店を回ってキャンペーンを開始し、デビュー前にもかかわらず、各地で1000人以上が集まったという。

