硬いクッキー生地を割ると、中には運勢や未来を示唆する紙が一枚。アメリカやカナダの中華料理屋で食後に提供されるフォーチュンクッキーは、映画やドラマでよく見る伝統菓子だが、実際どんな場所で製造されているのか、知る人は少ないはず。イラン出身でイギリス育ちのババク・ジャラリ監督の映画『フォーチュンクッキー』は、中華街の小さなフォーチュンクッキー工場を舞台に、そこで働くドニヤの物語を描く。
工場と家とを行き来するだけの単調な日々を送るドニヤは、かつてアフガニスタンの米軍基地で通訳として働き、政情不安のためアメリカに移住した。そのドニヤを演じるアナイタ・ワリ・ザダ自身、アフガニスタンでテレビの司会者やジャーナリストとして働いたが、2021年にアメリカに逃れてきた経歴を持つ。ジム・ジャームッシュやアキ・カウリスマキからの影響を指摘されるように、シリアスなテーマを描きながらも、独特の間合いが不思議なユーモアを醸し出すこの映画は、どのように生まれたのか。
フリーモントは、北米最大のアフガニスタン・コミュニティがある街
――アメリカのフォーチュンクッキー工場でアフガニスタンからの移民女性が働いている、という設定がとてもユニークでしたが、物語の設定や登場人物のキャラクターはどのように生まれてきたのでしょうか。
ババク・ジャラリ 2014年に長編2作目となる『Radio Dreams』(2016)を今回の映画の舞台と同じサンフランシスコのベイエリアで撮ったんですが、そこで今回の舞台となった街フリーモントについて知りました。フリーモントは、北米最大のアフガニスタン・コミュニティがある街で、初めてそこを訪れた際に母国で通訳の仕事をしていた人々に大勢会いました。そして彼らの多くがアメリカでの生活に苦労していると知りました。彼らは通訳の仕事のせいで母国にいられなくなり移住してきたのですが、その後のケアは全く受けられず、自力で新生活を切り開かなければいけない。しかも同じアフガニスタン人の中には、アメリカ政府や企業のために働いていた彼らを裏切り者とみなす人もいる。それが彼らの直面している現実なんです。
私が当時実際に会ったのは男性が多かったのですが、映画では女性の通訳を主人公にしました。というのも、これまでニュースや映画などにアフガニスタンの女性が登場するたびに、その描かれ方に不満を抱くことが多かったんです。ほとんどの場合、彼女たちは同情すべき存在として描かれます。誰かの妻や娘という立場でしかなく、自分の夢や仕事を持つこともない、いつも家の中にいて主体性を持たない女性たち。でもそれはあまりに一面的すぎる。
私が生まれ育ったイランは、アフガニスタンからの移民や難民がとても多く、文化や言語を多く共有していたので、子供の頃からアフガニスタンの人々と多くの交流を持ってきました。そこで実際に接してきたアフガニスタンの女性たちの中には、医師として働く人もいたし、音楽家や学生だとか、他の国の女性たちと同じように自立した生活を送る人が大勢いました。だから、自分の映画ではこれまでメディアで描かれてきたのとは違う実際のアフガニスタンの女性像を描きたいと思い、主人公のドニヤを元通訳の女性という設定にしました。