「子どもが自閉症になるのは、母親の冷たい態度のせいだ」「子どもにうつ病や躁うつ病など存在せず、そういった症状は母親の育て方が悪いせいだ」と言われた時代も…。育児におけるトラブルや失敗を、母親ばかりが負担させられる理由とは? 小児精神科医でハーバード大学准教授の内田舞氏の新刊『小児精神科医で3児の母が伝える 子育てで悩んだ時に親が大切にしたいこと』(日経BP)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む

写真はイメージ ©getty

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親に向けられる「ガスライティング」「マムシェイミング」

 母親に対する社会的プレッシャーの大きさの背景には、「ガスライティング」や「マムシェイミング」が関係しています。

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 ガスライティングとは、本来はなんらかの不利益を被こうむっている被害者である人が、「実は自分が悪いのではないか」「自分に非があるからこうした状態に陥っているのではないか」と思わされてしまうことを指します。1944年に映画化もされた『ガス燈』という舞台劇に由来しているそうです。夫が家の中でさまざまな細工をして不可解な現象を起こし、おびえる妻に「勘違いだ」と言い続け、精神的に追い込むというストーリーです。そこから転じて、相手を否定し続けることで、次第に無力感や、根拠のない罪悪感を植え付けていく様子を指すようになったようです。

 ガスライティングは、精神科の診療でみる虐待やDVの中では非常に一般的な心理操作手法の一つで、気を付けてみると、社会生活の中で広く起きていることに気付きます。女性も男性も、さまざまなガスライティングを受けていますが、母親は特に、社会的なガスライティングを受けていることが多いのです。

 私が専門としている小児精神科の領域では、発達障害や子どもの気分障害などに向けられた科学的根拠のない差別や偏見、思い込みが非常に多く、さまざまな疾患が「親の育て方が悪かったせいだ」と誤解されていました。そこに、「育児は母親が担うもの」という無意識の偏見が重なって、母親が責められることも非常に多かったのです。

 例えば、少し前までは「子どもが自閉症になるのは、母親の冷たい態度のせいだ」「子どもにうつ病や躁うつ病など存在せず、そういった症状は母親の育て方が悪いせいだ」といった根拠のない説が語られており、さまざまな研究によって科学的に否定された今でも、まだ広く信じられています。実際には子どもの精神疾患には、遺伝要因や脳機能の違いなどの複雑な生物学的な要因が関わっているのに、こうした偏見が向けられることで、母親もまた「私のせいだ」と自分を責め、思い悩んでいます。