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流失した鉄橋跡を間近に見る
坂本の次の葉木から先は、25.4km先の一勝地まで代行輸送も行われていない。それでも大きな問題にならないところが、肥薩線の鉄道利用状況の現実である。
鎌瀬は片面ホームがきれいに残っているが、線路部分が舗装されており、工事車両が頻繁に行き交う。私もゆっくりホームの横を通過してみる。
線路があった高さより路面がかさ上げされているが、自動車の運転席からはホームの高さが近い。ゴムタイヤ式のワンマン列車を自分で運転しているような錯覚に陥る。
この鎌瀬駅ホームのすぐ先で、肥薩線は球磨川第一橋梁を通って対岸へ渡っていた。明治41(1908)年に竣工したこの赤茶色のトラス橋梁は、経済産業省の近代化産業遺産にも指定された貴重な建造物で、7年前に「いさぶろう」に乗ったときは、鉄橋通過前に車内で「まもなく渡ります」との予告放送があった。
だが、熊本豪雨による球磨川の濁流は、100年以上持ちこたえてきたこの橋梁や橋脚の約半分を押し流してしまった。将来、肥薩線が復活しても、あの古風で重厚な趣きの橋の中をくぐっていくことはもうできない。
戦乱で破壊された中東の廃線跡を彷彿とさせる“線路の荒れ方”
球磨川の西側に移った肥薩線の線路や駅を、今度は対岸の国道219号線をドライブしながら眺めてみる。
西岸の区間でも線路用地が仮設道路に転用されていて立ち入れるのだが、対岸から眺めると周囲の光景も含めて全容を見渡しやすい。ここから先、肥薩線はひたすら深い峡谷の底に流れる球磨川に沿って南下していく。








