容姫は藤本が平壌にいた時、「日本人だから」と最大限に気配りをしてくれた人だ。すでに亡くなっているその人が、歩き、話し、笑顔を見せていた。思ってもみないかつての姿を目にして感極まったのだろう。この記録映画の存在と中身を伝える記事は、2021年6月10日付の毎日新聞朝刊一面トップに掲載された。
「ベール脱ぐ 正恩氏の母」「神格化へ幹部に映像公開」「『元在日』理由に中断の末」「『金総書記を支えた』強調」という見出しの記事と写真は世界のメディアに引用された。
この映像には、今見ても驚くような場面が数多く含まれている。画質はよくないが、動画サイトのユーチューブに全編アップされ、日本語字幕もついている。
金正日とのツーショットを始め、夫が着るジャンパーを手作りしたこと、夫の身辺警護をかねてピストルを所持している場面もある。また5~6歳の金正恩に何かを教えているシーンもある。関係者の証言によれば、容姫は子どもたちの家庭教師役となり、日本語も教えていたというから、この場面と符合する。金正恩と一緒に植樹するシーンも出てくる。
記録映画の中心テーマは夫への貢献だ。それが繰り返し強調されている。夫の政策決定に深く関与し、彼の演説やスピーチの作成を助け、海外訪問にも同行した。指導者の健康管理や私生活のサポートも、彼女の大切な役割だったという。「彼女は、指導者の最も信頼できるパートナーであり、なくてはならない存在だったのです」。(同映画)
軍人の生活向上に努力したことも繰り返し出てくる。
「両親と一緒にいるときに子どもたちが喜ぶのと同じように、将軍様とお母様(金正日と高容姫)を一緒に(部隊に)お招きするとき、兵士は幸福です」というナレーションもあった。
そのオモニは、兵士たちと直接語り合い、食料、衣服、医療品などの物資を供給し、兵舎の整備にも尽力した。また、兵士の家族への支援、愛国心と忠誠心を育む軍人教育、軍隊内の女性たちの地位向上にも尽力した。その尽力の中身は細かい。夫に気に入られていた「カンの良さ」かもしれない。
「兵士の歯ブラシをご覧になり、歯ブラシを回しながら歯磨きをしなければ汚れが落ちないと教えて下さり、軍人に供給される石けんの質は良いのか、不足はしていないのかと気を遣われる。お母様がある部隊を訪問されたとき、お母様は言われました。この冷たい水の風呂に入っているのですか。水を温めて風呂に使う方が良いのではないでしょうか」
「その温かい心は、兵士たちの士気を高め、困難な状況下でも戦い続ける力を与えたのです」
