民事裁判が始まると、傍聴席には毎回ヤクザ風の男たちが押し寄せ、自宅の前に待ち伏せされたり、駅のホームで突き落とされそうになったことも……。娘を殺された復讐から、「ヤクザ撲滅」を目指した堀江ひとみさん。彼女の戦いはどんな結末を迎えたのか? 我が子を無惨に殺された親、学生時代ひどいイジメに遭った者などが仕返しを果たした国内外の事件を取り上げた新刊『世界で起きた戦慄の復讐劇35』(鉄人社)から一部抜粋してお届けする。(全4回の3回目/続きを読む)
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駅のホームで突き落とされそうになったことも
民事裁判が始まると、傍聴席には毎回ヤクザ風の男たちが押し寄せ、初公判以降、ひとみさんは自宅の前で待ち伏せされたり、電車を待つホームで突き落とされそうになるなど、連日のように危険にさらされる。警察は暴対法に則り彼女を「要保護対象」として警護を強化。いつしか、ひとみさんは「マルタイの女」と呼ばれるようになる。
身の危険を顧みずメディアの取材にも積極的に応じ、娘をヤクザに殺された悲痛な思いを吐露。その叫びは社会全体に暴力団を許すまいという空気を作り出す。
公判は膠着した。被告である組長は頑なに事件への関与を否定し、犯行は暴走した組員の独断によるものと主張した。また、被告側の弁護人も使用者責任の時効(当時は加害者を認識してから3年。現在は5年)を盾に、罪を問うひとみさんの主張を突っぱね続けた。膠着状態が続いたのには、他にも理由がある。原告側証人として出廷した実行犯の男が、面会時の話とは違い、「組長の命令でやった」と証言することを拒んだのだ。
