社長室もない。本社もない。社訓や作業のノルマもない。創業以来、株主への配当もない。

 そんな、ないない尽くしの企業が創業から10年で売上高を30倍近くに伸ばし、急成長を遂げている。中古書籍やCD、DVDをネットで販売するバリューブックス(本社・長野県上田市)だ。

「引きこもり」から社長に

 427人の従業員を率いるのは社長の中村大樹(35)である。その中村に1週間にどれくらい出勤するのか、と尋ねると、「ボクの出勤日ですか。週2日ぐらいですかね。いや、本当に。今日もこの取材を受けるために出てきたんですよ」という返事が返ってきた。

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バリューブックスを創業した中村大樹社長 撮影:横田増生

 濃紺のTシャツに、トレーナーのパンツとサンダル履きといういで立ちの中村は、“ゆるキ ャラ社長”という呼び方が一番しっくりする。日頃、ガツガツしたトップが経営する企業を取材することが多い筆者にとっては、珍しい体験となった。

 話を聞いたのは、長野県の上田駅の近くに昨年オープンした、同社が運営する私設図書館の〈Library Lab〉だ。筆者が座った後ろの絵本のラックには、『かいじゅうたちのいるところ』や『はらぺこあおむし』、『ガンピーさんのふなあそび』や『三びきのやぎのがらがらどん』などの名作がずらりと並ぶ。こうした選書は、図書館の担当の社員に任せている、と中村は言う。

撮影:横田増生

 バリューブックス創業の契機となるのは、中村が大学を卒業後、就職もせず「引きこもり生活」を送っているときに、古本のせどり(安価で仕入れた古本を、高値で転売すること)を始めたことだ。

「大学を卒業した年の7月ころから、当時住んでいた東京のアパートでせどりを始め、10月には、月の売上げが70万円ぐらいになり、手元に30万円ほど残ったんです。大学の同期で会社勤めの友人と同じぐらいの給与かな、と思って満足しました。ボクの金銭的な欲求は、その時点で十分に満たされたんです。会社の株式のほとんどはボクが持っているんですが、上場する気はないし、ボクが株主なので、株主への配当金がなくても誰からも文句は言われないという理屈で配当金は一度も払っていません」と中村は言う。

 側近の一人はこう話す。

「うちの社長は、『ソフトバンクの孫(正義)社長は経営者としてはすごいけれど、自分にはとてもまねできない』と言ってます。それより、音楽に造詣が深く、その趣味を活かしてウォークマンを作ったソニーの創業者の一人である井深(大)さん(1997年没)や、『社員をサーフィンに行かせよう』などの著作があるパタゴニアの創業者(イヴォン・)シュイナードの方に共感を覚えていると話しています」