睨みつけてきたイチローに対し、松坂は…

 対決前に僕、『シミュレーションしたらいい結果しか浮かばなかった』とコメントしているんです。生意気ですねぇ。確かに僕は誰に対しても自分が打たれるイメージを持って対戦はしません。だからマイナスのイメージを持つことはないんですが、だからといっていいイメージしか浮かばないなんて言ったのは、自分にそう言い聞かせていたのかもしれません。

 イチローさんの雰囲気に負けないように……そういえば打席に向かってくるイチローさんの姿は浮かばないなぁ。覚えているのはバットを構えたところからです。たぶん僕、イチローさんのことを見ていなかったんじゃないかな。

初対面では、イチローが松坂の下に歩み寄りあいさつしたという ©文藝春秋

 イチローさんのほうは打席に向かうときからずっと僕のほうを睨みつけていたと後から聞きましたが、もしあのときに目が合っていたら僕、嬉しくなっちゃってたでしょうね。『イチロー、こっち見てるじゃん』って、ニヤニヤ笑っちゃったと思います。あのときは“イチローさん”じゃないんですよ。ファン目線でしたから心の中での呼び方は“イチロー”でした(笑)。

ADVERTISEMENT

 でも、イチローさんがバットを構えるのを待たずに振りかぶった、というのはさすがに盛りすぎです。仮にそうだったとしたら、投げたくて投げたくて仕方なかったのかな。うずうずしていたのかもしれません。構えさせないようにとか、そういう意図はありませんでした。ただベンチで誰か先輩に言われた気がしますね。「ルーキーなら待つだろ、普通は」って。

「イチローさんのバットは、刀のように見える」

 実際、イチローさんが構えるとバットが刀のように見えるんです。どこに投げてもバットが出てきそうで……振ってくるというより、ノーモーションでバットが刀みたいにスパーンと、どのコースにも、どの高さにでも出てくるイメージ。

 イチローさんだけが別のレベルの世界にいる感じです。だから、かわそうという発想はなかったですね。とくに1打席目は1回表、ツーアウトでランナーなしの場面でしたから、力で抑え込みにいきました。

松坂は、イチローのバットさばきについて「刀みたい」と語る ©文藝春秋

 初球、インコース低めへのストレート(149km)がボール、2球目はインコース高めのストレート(153km)をファウル。その後、スライダーをアウトコースへ2球続けて、それがボール、ストライクとなって追い込みます。5球目はまたインコース高めへのストレート(151km)でファウル。

 配球はキャッチャーの中嶋(聡)さんのリード通りでしたが、事前に攻め方の打ち合わせはしていなかったと思います。6球目、アウトコースの高めを狙ってストレート(147km)を投げました。シュート回転気味にアウトハイへ逃げていくまっすぐで、空振りの三振です。空振りを取るとしたらあそこしかないと思っていました。