「連覇した喜びとともに、切ない思い出がたくさんありました」
松坂大輔は、第2回WBCをこう振り返る。その一つが、決勝戦で起こった出来事だ。連覇をかけた韓国戦、語りぐさとなっているイチローの劇的なタイムリーヒットが飛び出した中、ブルペンで松坂は“ある投手”のことを気にかけていた――。『松坂大輔 怪物秘録』(石田 雄太著、文藝春秋刊)から一部抜粋して当時のようすをお届けする。(全4回の4回目/最初から読む)
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全身にケガを抱えて出場、調子が上がらない中で何とか投げ続けた
WBCの本番が始まっても、僕の状態が上向くことはありません。そこでの仕上がり具合やブルペンで投げるボールを見せることで、わかりやすく何かを伝えられるものだと思うのですが、それができないとなったとき、言葉や普段の姿勢だけでは限界があります。どんな状況であれ、状態であれ、最後は結果を出すしかありません。
東京ドームで行われた第1ラウンド、僕は2試合目の韓国戦に先発しました。初回、(4番の金泰均に)2ランホームランを打たれましたが、日本の打線が打ってくれたおかげで9-2と大量リードの中、球数制限内の65球で4回を投げ切って勝ち投手になりました(試合は14-2で7回コールド勝ち)。
舞台をサンディエゴに移した第2ラウンド、今度は初戦のキューバ戦に先発します。この試合、キューバを相手に6回を投げてゼロに抑えることができました(86球、被安打5、無四球、8奪三振、6-0で日本の勝ち、勝利投手は松坂)。
決勝ラウンドの舞台はドジャースタジアムです。あちこちの痛みと戦いながらの第2回WBC、僕の最後の登板は準決勝のアメリカ戦でした。
トップバッターのブライアン・ロバーツにいきなり先頭打者ホームランを打たれましたが、6-2と4点をリードした5回途中、スギ(杉内俊哉)に後を託しました。内容はともかく(4回3分の2、98球、被安打5、3四球、4奪三振、2失点)、相手に決定的な流れを渡すことなく、チームに勝ちをもたらすことができたのはよかったと思っています(9-4で日本の勝ち、勝利投手は松坂、3試合3勝0敗)。
いよいよ連覇まであとひとつ、決勝の相手は韓国でしたが、じつはあのとき、僕には気がかりなことがありました。
