「不安しかなかったんです」「あのときは股関節も深刻な状態で……」

 2009年の第2回WBCへの参加を巡り、松坂大輔は当時をこう振り返る。連覇のプレッシャーや世間の期待が膨らみ、全身がボロボロだったという松坂は、どのようにして参加を決意したのか。『松坂大輔 怪物秘録』(石田 雄太著、文藝春秋刊)から一部抜粋してお届けする。(全4回の3回目/続きを読む

2006年の第1回WBCでMVPに輝き、メジャーリーグでも活躍していた松坂。しかし、2009年の大会を巡っては大きく悩んでいた ©文藝春秋

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第2回WBCで感じていた「難しさ」

 イチローさんの立場は前回と変わっていなかったと思いますが、僕は1回目と2回目では自分の置かれている立場が明確に違うという雰囲気は感じていました。

 1回目のときはピッチャー陣で唯一のメジャーリーガーだった大塚(晶則)さんがまとめ役の存在になってくれましたが、2回目はピッチャーの中でメジャーリーガーは僕だけです。僕よりも上の人が日本代表から抜けて、今まで上の人にやってもらっていた役割を今度は自分が担っていかなきゃいけないと思っていましたから、そのポジションに自然と僕が入る感じになりました。

 もちろん、その分の責任も負わなくちゃいけないし、そういうことをイチローさんに期待されてるというのは、なんとなく感じていました。実際にイチローさんとはWBCの宮崎合宿が始まる前に食事をして、「ピッチャーは大輔が引っ張らなきゃいけないぞ」と言われていました。イチローさんだけではなく、宮本慎也さんからも同じことを言われていたんです。

 宮本さんは2009年は日本代表のメンバーにはいなかったんですが、「お前がまとめないとピッチャー陣が機能しない」「そのためにはお前がしっかりしないと……だから頼むぞ」という言葉をもらいました。宮本さん、イチローさんにそう言われて、でも正直なところ、チームのメンバーが集まったときにピッチャー陣がどういう雰囲気になるのか、まったくイメージできませんでした。