全身はボロボロ、出場辞退も考えていた

 2回目のWBCのメンバーには、イチローさんよりも年上の野手に稲葉(篤紀)さん、ピッチャーで僕より上には渡辺俊介さんがいました。それでも僕はメジャーを経験した唯一のピッチャーとして、WBCでたくさん対戦するであろうメジャーのすごい選手たちとも「僕たちは対等に渡り合えるんだ」ということをしっかりと伝えようと意識していました。第1回のときも憧れの目線をメジャーリーガーに向けていた選手がけっこういたんです。

 そうではなく、彼らは僕らにも十分に戦える相手なんだということを、先頭に立って示していかなければなりません。そうすることで年下の若いピッチャー、たとえば6つ下のダル(ダルビッシュ有)やワク(涌井秀章)、8つ下のマー君(田中将大)たちとのまとまりができていくはずだと思っていたんです。

 だから僕は、第1回のWBCでは練習試合で打たれても本番で結果を出せばいいと思ってやっていましたが、第2回では早い段階である程度の結果は出しておかないとみんなに示しがつかないと考えていました。

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不安だった松坂を、イチローは気遣ってくれた ©文藝春秋

 ただ、肝心の僕は不安だらけでした。第2回WBCの前年、2008年に僕は(レッドソックスで)18勝(3敗)しましたが、5月に手すりにつかまって痛めた右肩だけでなく、あちこちが痛い中で投げてきて、果たしてWBCまでに自分を戦える状態に持っていけるのかと不安しかなかったんです。あのときは股関節も深刻な状態で、それでもピッチャーをまとめなきゃいけない。しかも連覇がかかった大会で世間の期待も大きかった分、大会前からWBCはものすごく盛り上がっていました。

 だからあのとき、本当は一瞬、出場辞退も考えたんですが、いやいや、ここで辞退はあり得ないよなと、最後は腹を括りました。イチローさんはそんな僕の何気ない仕草から異変を感じ取ってくれていました。さり気なく「大丈夫か」と気にかけてくれていましたからね。

 実際、ピッチャーを引っ張っていくためには自分のボールで示すのが手っ取り早いんですが、それができない状態だったので、経験したことを自分から積極的に話すとか日々の立ち居振る舞いで姿勢を示すとか、そういうことで引っ張ろうとするしかありませんでした。そんなやり方は初めてだったので、これでまとめられるのかと、こちらも不安だらけです。

松坂大輔 怪物秘録

石田 雄太

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