松坂が初球に選んだのは…

 だから僕は初球、まっすぐを狙ってきそうなイチローさんに打たれないことを優先させようと考えました。その答えがまっすぐなのか、変化球なのか……迷っていたらテック(キャッチャーのジェイソン・バリテック)が「初球はどうする」と訊いてきたので、僕は「まっすぐでいいと思うけど、バカ正直にストライクを取りにいかないほうがいいかもね」と伝えました。

 そうしたらテックに「ダイスケはまっすぐを投げたい、イチローもまっすぐを待っている。お前たちの関係がそうなら、初球はブレーキングボールがいいんじゃないか」と言われました。イチローさんを抑えるにあたってファーストストライクを取ることは重要で、それを考えたらその選択はアリだと思ったので、僕はその選択を受け入れました。

 初めてのフェンウェイのマウンドに上がって、最初の8球のピッチング練習ではテックしか見ていません。バッターボックスに向かってくるイチローさんをあえて見ないようにしていたんです。その時点ではもう、初球はカーブから入ることを決めていたので、もう迷いたくなかったのかもしれません。イチローさんの姿を見て、やっぱりまっすぐでいこうかな、なんてことを思うわけにはいきませんからね。

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メジャー初登板ではロイヤルズを相手に、7回1失点10奪三振の好投を見せて初勝利を果たしていた ©文藝春秋

「イチローさん、怒ってるなって、すぐにわかりました」

 結局、僕がイチローさんとのメジャー初対決で、初球、カーブを投げたのは、あのときのまっすぐに自信を持てていなかったからなんでしょう。ちゃんと自分のボールを投げられている自信がなかったから、そういう選択になってしまったんだと思います。

 初球、カーブでストライクを取った第1打席はピッチャーゴロ、次がセンターフライ、三振、セカンドゴロ。7回を投げて3失点でメジャー初の負け投手となってしまいましたが、イチローさんのことはノーヒットに抑えることができました。

 でも正直、イチローさんには頭を出したい気分でした。すいません、この頭、叩いて下さいって……いくら打たせないためとはいえ、初球をカーブから入ってしまった自分にはすごく腹が立っていたんです。あのときの自分のことは、今でも残念でなりません。

松坂は今でも、メジャーでイチローと初対戦した際の初球を悔やんでいると話す ©文藝春秋

 カーブを投げた瞬間、イチローさん、怒ってるなって、すぐにわかりました。僕も、試合が終わってから、なぜカーブを投げてしまったんだという気持ちになりました。今ならわかるんですよ。最初にストライクを取るとか、打たれたくないとか、そんな目先の結果よりも、精一杯の力で思いっ切り、まっすぐを投げるべきだったと……でもボールを投げていて特別な気持ちが出てきたのは、本当に久しぶりでした。

 僕にとってメジャーでイチローさんと対決するというのは、待って待って待ち焦がれた瞬間でした。だからこそ、初球にカーブを選んでしまった自分が、今でも情けないんです。

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