「すごく悔しいのは、家で自分の親を見ながら間接的にであれ親が直接言ってくれるんであれ、どういう人を夫にするべきかなんとなく基準ができるじゃないですか。わたしにはそういうのが全然なかったんです。わたしを好きだと言って優しくしてくれるから。本当に子どもにするみたいに接してくれたんですよね。ジャージャー麺混ぜてくれて、肉もほぐしてくれて、通勤の送り迎えもしてくれて。笑えますよね。だからただ……この人と結婚しようって思ったんです。

 ずっと貧しかったから、母から温かさも何ももらったこともなかったし、稼ぎ続けなきゃいけないのがすごく辛かったんです。社会生活をしながら、これといった問題が起こらなくても常になんというか、罪悪感、羞恥心もあって、わたしには似合わないっていう感覚が強かったです。会社に通うこと自体が辛いんですよね。誰かがいくら稼いでる、そんな話を聞けばすぐ気になって……そんなふうに見栄を張るような男たちがしてくれたことなんで過ぎ去ってみると結局何もないんですよね」

自立できない夫は、別れようと言うと泣いた

 いざ結婚するときになってはっきりさせてみると夫は何も持っていなかった。親から独立すらできていない男だった。生活費として毎月50万ウォンをスジョンに渡していたが、子どもがいる家でそんなに少ない額でどうやって食べていけるというのか。とても間に合わす、スジョンは仕事を続けてきた。そのときは大変だったが、結局ひとりで生きていく助けになった。夫が大人っぽく見え、頼りたかったと言っていたが、実際幼い頃早々に親から独立していたのはスジョンのほうだった。

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「わたし、定時制高校に通ってたんです、本当にスラム街みたいな地域にある。昼は働いて学費を稼いでました。高校生の頃からそうやって過ごしてたから、稼がなきゃいけないっていうプレッシャーがすごく大きかったんだと思います。子どもがいる今はもっと大きいでしょ。それでもよくなりました。苦しい過程ではあったけど、自分の力で殻を破って出ていく経験が助けになった気がします。今では恐ろしさよりは、(これから)どうしていくかをもっと考えてます」

写真はイメージ ©AFLO

 結婚後職歴が途絶えてしまってからは、仕事を見つけるのは簡単ではなかった。今はクレジットカード会社で未払金支払を督促する仕事をしている。コールセンター業務の中でも給料が多いほうだからだ。結婚前にはコールセンターの仕事がとても辛かった。理由のない非難が耐えがたかった。でも今は違う。自信を持てるようになった。

「あんな男と一緒に生きてたのに(できないことなんてありますかね?)。金を払えと言うと皆ものすごい勢いで罵倒してくるんです、開き直って。それでも心は太平洋みたいに穏やかです、ははは。誰に何て言われようと、あっそう、って。(笑いながら)」