包丁を手にとって「俺のことナメてるよな」

「子どもを連れて大きい公園に遊びにいきました。遊び終わって家に帰ろうとしたとき、その公園の出入り口が正門と後門2つあるんですけど、わたしはこっちから帰ろうって言ったんですが夫が遠い方から帰るって言って聞かないんです。荷物もあるし子どももいるのに。なんでわざわざ遠回りするの、こっちから行こうと言いました。

 そうして家に帰ってきて子どもを寝かしつけたのでわたしもちょっと寝ようと思って横になってたら、突然酒を飲んでわたしにこっちに来いって言うんです。だからそっちに行ったら、座って包丁をこんな感じで手にとって眺めながら……『おまえ、俺のことほんとナメてるよな』って言うんです。自分の腹のほうに包丁を押し付けて『俺が死ななきゃならないのか?』って。

画像はイメージ ©AFLO

 その短時間のあいだに『子どもを連れて飛び出してどっちに逃げよう?』と頭をフル回転させたんですが、逃げる方法もなくて。だから泣きながら謝ったんです、悪かったと。でもあいつが間違ってるんじゃないですか。家を出るまで2~3年はそういう脅しが続きました。コンロの火をつけながら皆殺しにするって言ったり」

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 このような話は、裁判で陳述してもそのときの恐怖を伝えることは難しい。証拠もないし物理的に傷つけられたわけではないから。警察に通報したこともあったが、警官はむしろスジョンに「あんまり神経質になるな」と言って帰って行った。

「ガスライティング(編注:相手に「おかしいのは自分だ」と思い込ませる心理的虐待の一種)するときの典型的な言葉ってあるじゃないですか。おまえは自分勝手だ、おまえのせいだ、おまえが俺を怒らせたんだ、とか。全部わたしのせいにするための言葉。確実なのか?  本当なのか?って、何か話せば鼻で笑って」

 スジョンはこのような仕打ちを長いあいだ受けていると「おかしくなる」と言った。初めてのカレシに長いあいだデートDVを受けていたジウンも同じように言った。スジョンは自らを責め続けた。いつも憂うつになってばかりなのは、自身の悩みをきちんと解決できていないからだと。自身に問題があるのだと。以前ははっきりとしていた思考が今では散らかるようになってしまったと言った。非難され続けていると、自己検閲するようになる。様々なことに対する自分の意見に確信が持てず、考えがまとまらずにバラバラになってしまう。ガスライティングは受けた人が被害者とは認められにくいが、ひとりの人の人生に深刻な被害を残すのだ。