「驚安の殿堂ドン・キホーテ」の生みの親で、無一文から日本を代表する創業経営者となった安田隆夫氏。現在もグループの会長兼最高顧問として精力的に活動する一方、今月15日には「週刊文春」の取材に対し、末期がんの闘病中であることを告白した。
ここでは、そんな安田氏の新刊『圧勝の創業経営』(文春新書)を一部抜粋して紹介する。
「おそらく私にとって最後の作品になる」と位置づけた同書で、安田氏はかねてより親交のあったニトリホールディングス会長・似鳥昭雄氏と対談を行った。74歳で発達障害と診断された似鳥氏は、なぜ経営者として成功することができたのか。(全4回の3回目/最初から読む)
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成功する経営者には発達障害が多い
似鳥 これまで、いかにも自分が運を生かしてきた稀有な経営者であるかのような話ばかりしてきましたが、本当のところは、私は普通の人ができることが、できないだけ。だからこそ、自分で起業して頑張るしかなかった。実は私、発達障害なんですよ。
安田 発達障害? ずいぶん商売の才能が発達した方だと思いますけど?
似鳥 発達障害を特集したテレビを見ていたら、その特徴が自分にピッタリ当てはまって。それで医者に行ったら、そうだと診断されました。74歳のときです。
思い返せば、自分の「似鳥」という名字を漢字で書けるようになったのは、小6か中1のときでした。
安田 でも「似鳥」って漢字はけっこう難しいですよね。
似鳥 他の漢字も全然ダメでしたよ。だから、全部ひらがなで書いて誤魔化していたんです。担任だった女の先生が、私が小4のときに他の学校に移っていったんですが、亡くなるまでずっと私のことを心配されていたそうです。「これまで何百人、何千人もの小学生を教えてきたけど、一人だけ、自分の名前が漢字で書けない子がいた」「あの子はいま、どうしているだろうか。似鳥家具屋というのがあるけど、あれは親戚の誰かがやっているんだろうか」って。
安田 先生の記憶のなかの似鳥さんと、事業で成功した似鳥さんが、どうしても結びつかなかったんでしょうね。「あの子であるわけがない」と。
