「葛」 1958年(北村薫・選)

北村 非常に短い作品です。みなさん長いものを色々挙げるだろうと予想して、全体のバランスも見て選びました(笑)。

 ある国の大名が昇進をにらんで、柳沢吉保と懇意の医者に話をつけてもらうよう頼みます。吉保が「あの藩の国産の葛は無類のものじゃ」と語ったと又聞きしたものの、葛は自分たちの国の名産ではない。吉保の発言の真意を探って、何を進物にすればよいのかと大騒ぎします。

宮部 講談にもあるそうですが、柳沢吉保の天下があまりに一瞬のことであったからこそ、エンターテインメントとして茶化すようなこともできたのでしょうね。子孫があとあとまで名家として残っていたら何かと障りそうですから。こういう話を史料から見つけてくる清張さんのセンスがいいんですよ。

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北村薫さん

有栖川 忖度した結果、かえって相手の気に障り、さらなる忖度が不可能になった時の苦しみが描かれていますよね。突き返された贈り物を見るたび「息苦しい」とさえ思うのが可笑しい(笑)。

宮部 今でもありそうなことですよ。急成長したITベンチャー企業を率いる30代半ばくらいの社長が、気まぐれなことを言う。それを耳にした出入りのメーカーが、不明瞭な要求に頭を悩ませるという光景が目に浮かびます。

有栖川 「KUZUとおっしゃっていましたが、あれは何かの新システムでしょうか?」みたいな(笑)。

宮部 現代ものだと、中間管理職の苦しみや、大企業の下請けの悩ましさに置き換えられそうです。こうした苦悶が、思いがけない犯罪や陰惨な殺人事件につながる趣向は清張作品に多くみられますよね。ですがこの物語はかわいらしく、シャレを効かせるようにして終わります。

北村 ちょっと小味で、無理なくスッと読めて面白いです。

有栖川 北村さんがこの作品を選んだんだと思うと、たまらなく愛おしくなります。「こんなのも書いてみたよ」と、北村さんが実際に書いてしまいそうな作品ではありませんか。最後のオチに「ああ、北村さん、やってるな」と思うであろう自分が想像できます(笑)。