「甲府在番」 1957年(有栖川有栖・選)

有栖川 こちらも歴史に材をとっていますが、深刻ではなく、謎解きがあったり機知が感じられたり、冒険的な展開があったり……という点を軸に据えて選びました。いわば伝奇小説なのですが、「雨と川の音」同様、2部構成ですね。まず江戸時代、甲府への赴任は、皆にとって左遷以上に苦しい意味合いを持つ、という前提から始まります。そこへ元気いっぱいやってきた主人公が、隠された莫大なお金の在りかを冒険しながら探しまわる。ここまでは冒険小説的です。後半になるにつれて、だんだんと様子が変わってきて、怪しい謎に触れ、伝奇的な要素が明らかになっていきます。

松本清張

宮部 私が初めて読んだ清張さんの歴史ものが、この作品でした。母方の祖父の本家が山梨なんです。小学校1、2年生の頃、法事の際に夜行列車に揺られて、「わあ、山ばっかりだ」という印象を持ったことを憶えています。ただの左遷ではなく、「江戸には生涯かえれぬぞ」というセリフが怖くて効いていますよね。

北村 主人公の兄が、金脈を探しに山奥へ行って失踪しますよね。でも、侍がそんな石を手に入れて、一体どうするんでしょうか。精錬とか、金にするまでの工程を踏めないですよね。

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有栖川 そういう細かいことは、いったん置いておきましょう(笑)。私がこの作品について面白いと思ったのは、清張さんが甲府を舞台に選んだ理由です。ご本人曰く「江戸周辺で甲州はなんとなく秘密を持っている国のように思える。それだけに前から魅力があった」と。清張さんは九州出身ですし、本当にそうなんですか? というのが大きな疑問で(笑)。とはいえ、そう聞くと甲州がすごく怪しく思えてくる。それだけでも、作品に十分楽しませてもらった証拠だと感じます。

北村 清張先生は歴史を描くとき、何か史料のエピソードを引いてきて、そこから物語を語り起こしていくことが多いですよね。無数にある歴史の、どの素材からどこを切り取って見せていくか、という切り口にこそ、清張先生の歴史ものの面白さがあると再認識しました。