『点と線』や『ゼロの焦点』『砂の器』といった長編推理小説によって国民的作家の地位を築いた松本清張は、もちろん短編も名作の宝庫。数百作に及ぶ清張短編の中からミステリ界の旗手二人が各々のベストを厳選、その魅力について縦横無尽に語り合った。
北村 今回は私と有栖川さんが持ち寄った、それぞれのベスト5を中心に、非常に豊かな宝の森、松本清張の短編について語り合いたいと思います。清張先生の短編は質量共にさすがで、アンソロジーも多数編まれています。それらの収録回数ベスト3の作品では、すでに語り尽くされている「張込み」と「顔」が同率トップという結果になりました。
有栖川 両方とも、「或る『小倉日記』伝」などで歴史小説的な作風を見せていた松本清張が、推理作家としての存在感を示し始めた初期の作品ですね。
北村 多彩な清張短編だからこそ、何を選ぶかに編者の個性が出ますね。佐野洋・五木寛之選のアンソロジー(『短編で読む推理傑作選50』)には「共犯者」が採られている。これは佐野先生のセレクト。「共犯者」が一押しの清張短編だったそうです。なるほど、最後のオチのつけ方などいかにも佐野洋好みで納得いきます。さて、お互いが選んだベスト短編の話に移りましょうか。
有栖川 従来のアンソロジーに紹介されているかなどは気にせず虚心に好きなものを選びました。
「理外の理」1972年(北村薫・選)
北村 日常を超越した世界を創作した点で、非常にお見事。ミステリーには“見立て殺人”という趣向があって『僧正殺人事件』(ヴァン・ダイン)や『悪魔の手毬唄』(横溝正史)などが有名ですね。童謡とか伝承を殺人という残酷なものと結び付けて不思議な味わいを出す。それを清張先生がやるとこうなる。
有栖川 まさに変格探偵小説ですね。江戸時代の巷説が絡むせいもあって、戦前の怪しい話を読むような雰囲気なのに、雑誌リニューアルで古い作家が切られる、といった七〇年代の“現代の風潮”が描かれているのも面白かった。
北村 背景や人物像の方は、非常にリアルですよね。「そういえば最近、『オール讀物』から電話もメールも来ないな」みたいな(笑)。巷説の舞台は喰違御門で、まさにこの対談をやっている紀尾井町の辺りです。具体的地名を通して江戸の巷説と現代の殺人事件が地続きになる。下手な人が書いたら単なるお笑いになるところを、ひたひたと怖さが迫る。妻に逃げられ仕事も無い小男の老境を淡々と綴った後に、奇怪な死に方をぽんと持ってくるから怖い。円熟の域に達した短編だと思います。