唯一無二の宝の森“清張短編”
北村 駆け足ながら互いの傑作選五作を語り終えましたけれど、単純に好きというだけで選ぶならば枚挙にいとまがない。「二冊の同じ本」なんて大好きな一編ですが、どうにも納得できないところがあるから今回は選ばなかった。アンソロジー収録回数ベスト3の作品はもちろん、「遭難」「紙の牙」「二階」なんかもいいですねぇ……。
有栖川 少し違う系統では、古代史が関連すると清張さんは夢が膨らむところがあるみたいで、普段と一味違った顔を見せてくれるんです。「東経139度線」と卑弥呼とか「巨人の磯」と巨人伝説とか、翔んだ発想の作品群も私は好きです。多少無理筋と感じたとしても、何やらすごく面白い話を読んだ、という感覚が強烈なんですよね。
北村 二〇二二年に中央公論新社から『任務』という松本清張未収録短編集が刊行されました。収録作のうち「電筆」は私と宮部みゆきさんで編んだ『とっておき名短篇』(ちくま文庫)に入れた作品ですが、『任務』の解説ではそのことに触れられていて嬉しかったですね。それにしてもこれまで何百と読んできたのにまだ未収録短編があるとは、果てしない、豊かな森だと改めて思います。
有栖川 全集に入っていないものもありますしね。今回のベストには挙げませんでしたが、連作短編集まで考えたら、『絢爛たる流離』も外せません。人の手から手へと渡っていくダイヤモンドを主人公にして時代背景と共に様々な事件を描く。朝鮮での兵役体験が活かされた作品も入っています。画期的とまでは言わずとも凝ったアイデアだし、技巧的にも高水準で、結構無茶なトリックも出てくる、見逃せない一冊です。所収の「雨の二階」では、大真面目に奇妙なトリックを使っています。読者がどういう顔をしていいか分からなくなるようなトリックだけど、そこが良い。
北村 ミステリーとして括ると、はみ出す部分がある。やはり“清張短編”としか呼びようがない特異な作品群なんです。巷説や古代史の博識に加えて、普通の人なら見逃してしまうような日常の中の要素を様々にストックしておいて、余人には不可能な結び付け方で小説を作ってしまう。そういう不思議な大作家の魅力が多様に花開いたのが、清張短編の世界であろうと思います。