「詩と電話」1956年(北村薫・選)
北村 いかがです、この短編はノーマークだったんじゃないですか。全集にも入っておらず、なかなか読むことのできなかった作品です。新聞社とか、同人誌とか、松本清張らしい日常的な要素がありながら、不可思議感を生み出すのがとてもうまい。
有栖川 どうしてあの男は誰よりも早く特ダネを手に入れられるのだろう、という謎が面白いですね。ある記者が警察より早く現場に着くことまでやってのけてしまうのは不可解でした。
北村 いかにも作り話的ではあるんだけど、そこが非常に面白い。そして、詩を愛する女性が登場します。われわれのようなガリ版世代にとって、活字には、現代の人が想像もつかないような魅力がありますよね。
有栖川 私もガリ版世代の末尾にいたので、自分の書いたものが活字になるのは特別なことだという感覚はわかります。彼女からしたら自分の詩が小冊子とはいえ、本になるのですから。
北村 結果的に男たちに利用されてしまったわけだけど、活字の小冊子は手元にずっと残る。それを見ることで満たされるのではないかと考えると、そんなに後味は悪くない。
有栖川 今回、初めて知った作品だったのですが、北村さんがあげてくださったおかげで、いかにも清張らしい短編を新作という格好で読むことができました。
「装飾評伝」1958年(有栖川有栖・選)
有栖川 北村さんが学者もの(「月」「断碑」)を選ばれたので、芸術家ものも入れたいなと思って選びました。「装飾評伝」は架空の画家の評伝を中心に置き、そこから次第に画家と評伝作者の間にある秘密が見えてくる。ぱっと謎を解くというより、こつこつ調べて真相に迫る、清張ミステリーらしさが凝縮されています。
北村 評伝的系譜の傑作も清張作品には多いですね。
有栖川 この架空評伝が何ともまことしやかな噓のつき方なんです。名和薛治という画家が実在したと勘違いする読者がいるのもむべなるかな。推理小説のにおいが濃厚、かつ芸術に対する関心もよく表れている。ひいては「隠されたものを見たい」という古代史や考古学に対する清張さんのアプローチの姿勢に通じるところもあり、作家性が見えるような気がします。
「断碑」1954年(北村薫・選)
北村 評伝的系譜に連なる学者ものの名品です。清張先生の中に根強くある、世にときめくものに対する憎悪、屈折、不快感が見事に小説に昇華されている。報われぬ天才を描く作品群の代表格と言えるでしょう。
有栖川 ひとりの考古学者の姿を通して「なぜ自分はあるべき場所に行けないのか」という苦悩や焦燥を、読んでいてつらくなるほど切実に書きますよね。「白い闇」以前の時期の作者自身の記憶が強く残っているからだと思うんです。大流行作家・松本清張となってもなお、不遇の頃の渇望を抱えている。一連の“報われぬ天才”ものにはそんな凄みを感じます。
北村 あたかも事実の羅列のごとくリアルに書いていきながら、傲慢無礼な主人公がある瞬間にスーッと流す涙も描いてみせる。評伝から小説的な貌(かお)がぱっとのぞくところが印象に残ります。