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「尊師」はどう描かれてきたか? 実娘から村上春樹までの「麻原彰晃」

2018/07/10

「ニセ漢方薬で挫折した彼が、社会で生きていくために、そういう道しかなかった」。“彼”とは麻原彰晃こと松本智津夫、“そういう道”とは宗教のことである。これは地下鉄サリン事件の実行犯であった林郁夫が、公判で述べたものだ。

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「弟子」が語る尊師の王国

 そしてこう続ける。「家庭人として無能な夫とみなされて、妻の松本知子に離反されたけれども、道場主としては尊敬され、信頼され、称賛される存在であった。どっちを選ぶかといったら、やっぱり自分を称賛し、慰めてくれるものを選ぶわけです」。こうして麻原彰晃として生きることを選び、尊師として君臨する王国を築いていく。

 佐木隆三『慟哭 小説・林郁夫裁判』(講談社・2004)は、自白により死刑を逃れた林についてのノンフィクション・ノベルである。以下、オウム事件についての書かれたものをいくつか紹介していく。

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神秘体験を実体験したルポ

 このオウムの修行がいかなるものかと、事件後に道場で体験したライターがいる。『麻原彰晃を信じる人びと』(洋泉社・1996)の大泉実成だ。大泉は教えられた呼吸法をするうちに、幻覚体験のようなものを経験する。後日、精神科医・高橋紳吾にそれについて尋ねると、高橋は強く速い胸式呼吸による強烈な光の体験は過換気症候群による幻覚症状であり、息を止めると様々な光が見えるようになるのは「脳の低酸素血症」だと、医学的見地から述べる。

オウム真理教は総選挙にも出馬した ©共同通信社

 神秘体験が、オウムは本物であるとの確信を信者に与え、教団への強い帰依につながっていったのだが、その神秘体験の実像を解き明かすのであった。