日本が太平洋戦争の敗戦を迎えて80回目となる8月、映画『ハオト』が公開される。

 本作は2005年に下北沢の本多劇場で上演された、俳優・劇作家の丈(じょう)氏による創作舞台がもとになっている。丈氏はこの物語を「戦後80周年平和祈念作品」にするため監督を務め自らも出演する劇場映画として新たに完成させた。主演は原田龍二さんである。

「丈監督とは舞台でご一緒したり、撮影所でばったり顔を合わせてくだらない話をするような関係でした。その丈さんから直々に依頼をいただいたのですが、テーマが戦争というシリアスなものだと知って、これは全身全霊で臨まなくてはいけないと思いました。戦争の時代を描いた作品は過去にも出演していますが、ここまで物語の中心に戦争があるのは初めてです」

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原田龍二さん

 舞台となるのは、戦争末期、軍が管理を行っていたある施設。表向きは精神を患った者が入所する精神病院であった。

 病棟には様々な人間の姿がある。まるで未来を見てきたかのように日本の戦況を告げる「閣下」(三浦浩一)。意味不明のうわごとをつぶやき続ける荒俣博士(片岡鶴太郎)。彼らを見守る婦長(高島礼子)。窓の外の、遠い世界に宛てた手紙を鳩に託し続ける少女(村山彩希)――。

「この作品に前線や戦場の描写はなく、物語はほぼ病棟の人間模様で進んでいきます。しかしこういう見せ方があるのかと思ったほど、確かに戦争が存在していました。きっと役者さんがそれぞれに戦時を生きる者の空気を作って現場に立っていたからで、皆から醸された緊張感が、硝煙はなくても非常時であることを伝えていたのだと思います」

 原田さんが演じるのは海軍兵の水越。戦いを拒み続ける水越もまた病人として扱われ施設で過ごしていた。しかしある出来事を境に、戦いへ身を投じることになる。

「前半は戦いから遠ざかった男としてクールに。それが後半、激情に駆られる男へガラリと姿を変えます。この水越という男の複雑さを、主演として自分だけで引き受けたり気負うことはありませんでした。他の登場人物とともに、物語に役を委ねながら溶け込めたと思います」

 戦いに倦んだ男が、憎しみに満ちた心で銃を取る。それは、人間が抗いようのない時代にのみ込まれる姿でもある。

「実は、人間は巨大な出来事を前にした時、簡単に生き方を変えてしまうのかもしれません。その時の心情とはどのようなものか。水越の気持ちを理解することは、現場に立ってみなければ分からないと思いました。実際にその場面に臨んで、俳優さんと向き合い芝居をした瞬間、何かが変わっていくのを感じました」

© JOE Company 2025

 本土の、銃後の病棟はもっとも戦争から遠い場所のはずだった。軍はその施設にソ連密使を招き和平工作を画策する。だがそこに混乱が訪れる。

 戦いは容赦なく平穏を侵す。迷わず人を傷つける者と施設に収容される者。人の何を指して狂気と呼ぶのか。

 昭和20年という、日本人が大きな傷を負った日から問いかける作品。舞台として支えたのは、長野県佐久市にある、明治時代に建てられた廃校である。物語のもう一つの主人公といっていい佇まいだ。

「場に宿る力というものを僕は時代劇で何度も経験してきました。美術スタッフの方々はその力を活かし、映るかどうか分からないところにまで細かな演出を加える。そういう作業が、役や現場の空気に大きな力を与えてくれるんです。衣装を着て建物に入ると、自然と気分が高揚してスイッチが入りましたから」

 本作は過去と現代を結ぶ物語でもある。80年前にも、生きる人たちが確かにいた。その人と人が、作品を通して交わる。丈監督は、そういう空間を劇場に設けたのかもしれない。

はらだりゅうじ/1970年生まれ。東京都出身。92年ドラマ『キライじゃないぜ』で俳優デビュー。ドラマ、映画をはじめ、バラエティー、旅番組でも活動。主な出演作にドラマ『水戸黄門』、『相棒』シリーズ、映画『49日の真実』、舞台『水戸黄門』などがある。

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映画『ハオト』(8月8日公開)
池袋シネマ・ロサほか全国順次公開。
https://haoto-movie.com/

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