「君、このひどい車に私を乗せるのかね?」

 何年か前、将棋連盟の理事を車で迎えに行き、私の車を見て目を剥かれたことがある。

「君、このひどい車に私を乗せるのかね?」

 そう、私の車はボコボコなのだ。前後のバンパーはキズだらけで、左側のドアもへこんでいる。

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「大丈夫。藤井君も乗せていますから」

 まるで説明になっていないが、こう説得して理事を乗せたのだ。

 車なんて動けば十分。初めの頃こそ大事に乗っていたが、年数が経つごとにキズを修理する気がなくなる。そんな私の車は購入して約15年。見た目ではない、中身だよ。中身が大事なのだ。

新車の購入を阻んだのは…

 とはいえ、車を買い換えるチャンスは何度かあった。

 あれは2020年、第33期竜王戦3組ランキング戦の決勝のこと。あと1回勝てば優勝賞金261万円! ピカピカの新車が買えるではないか。

(よおし、あのボコボコからおさらばするぞ!)

 いくら気に入った相棒とはいえ、やはり新車を買う夢にはかなわない。

 しかしその将棋は空しくも敗戦。なお、そのときに私を負かした憎き相手の名前は……当時の藤井聡太七段であった。

師匠の杉本昌隆八段。これまで師弟戦は3回を数える。 ©文藝春秋

 藤井君、君は何も悪くないよ。けれど、師匠が未だにボコボコの車に乗っているのは半分君のせいだ。

 年長者が何一つ気にとめていなくても、若い人が恥ずかしく思うことはよくある。私は自分を省みる。

 ああ、師匠の車ボコボコで恥ずかしいな、そういや運転も下手だな……こう思わせているならそれは年長者のせい。それではいかん。

 15年乗ったし、さすがに潮時。買い換えるか……。

 私は決めた。近いうちに車のバンパーを買い換えることを。

 将棋と車の運転、そして購入も人生の縮図なのだ。(※その後、私の車はめでたく購入18年目に突入した)

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次の記事に続く 「先生、今日は藤井君来ないの?」小学生の一言で空気が一変…藤井聡太の師匠が明かす“弟子不在イベント”の舞台裏