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「痕跡」のないスクープ

——毎日新聞が30分前に入手した「平成」ですが、紙面としては各紙同時に報道したわけで、明らかなスクープの痕跡を残すことにはなりませんでした。そこに忸怩たるものはありませんでしたか?

 非常に難しいところで、このスクープについては各社が申請することができる「新聞協会賞」にも出していないんです。取材源に迷惑がかかってはいけないからという上層部の判断です。「痕跡」としては他社が間に合わなかった夕刊の「3版」、東京都心部よりもっと広い地域に配られる版に「平成」の文字を入れることができた、ということがあります。号外は出典についてまで触れているので、これは「3版」より後に印刷しているはずです。そういった意味で、結果としては非常に静かなスクープにはなったのですが……、それでも読売新聞が大きく動揺した話は聞きましたね。

新元号を掲げる小渕恵三官房長官 ©時事通信社

——どういうことですか?

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 うちが「平成」をつかんだ直後に、東京政治部から九州本社を通じて考案者に確かめようと、九州大学の目加田誠さんの家に電話をかけたんです。目加田さんは最終的に絞られた3つの元号案「平成」「修文」「正化」のうちの「修文」の考案者(「正化」は宇野精一氏の考案)。ところが、目加田さんは「いや、私じゃないよ」と電話口で答えた後に、目加田さんの家に詰めていた記者に「新元号は平成らしい」と伝えてしまったらしいんです。

——小渕官房長官が公表する前の話ですよね。

榊 ええ。それで、そこにいた読売の記者が慌てて官邸記者クラブに電話したそうで、当然読売の官邸キャップは驚くわけです。その驚きの瞬間を、うちの官邸キャップが目の当たりにしたそうで、「私の方をにらみつけていたよ」と言っていました。

 

なぜ、そこまでして「元号」をスクープしようとしたのか

——それにしても、新元号というものはやがて公表されるものですよね。どうしてそこまで追いかけ、最後の最後までスクープしようとしたのでしょうか。

 確かに新元号というものは静かに迎えるべきだ、騒ぎ立てるものではないという意見もあると思います。ですが、そこまでして「知ろう」としたのは、我々は政府の「言いなり」じゃないんだ、という意思表示に近いのかなと思っています。言い換えれば、権力というものがガチガチに管理しているものをこじ開けようとするのがマスコミの仕事であり、ジャーナリズムの一つの使命なんじゃないかと。それは、新天皇の即位前に新元号が発表されるという今回においても、変わらない姿だと思っています。

 

——ちなみに「元号班」の解散はいつだったんですか?

 大喪の礼が終わった直後くらいだったと思います。あれから30年、今でも当時の政治部の面々に会うと話題になりますね。先日も官邸キャップだった仮野忠男さんと話すことがあって、「あのスクープには綿密な準備があって……」という話を聞きました。30分だけ他社に先んじた、表にならなかったスクープですけど、私たちにとっては誇りに思える忘れられないスクープなんです。

 

写真=佐藤亘/文藝春秋