地政学リスクに対応するため、サントリーHDは2023年に「インテリジェンス推進本部」を設置。その意義とあわせて実務のリアルをサントリーHD会長の新浪剛史氏が語った。対談相手は、地政学に経済の視点を加えた「地経学」を提唱する地経学研究所所長の鈴木一人氏だ。

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「インテリジェンス部門」の設置

 鈴木 民間企業が社内に「インテリジェンス部門」を設置するのは画期的なことですが、専門部署の設置に踏み切った経緯を改めて教えていただけますか。

 新浪 インテリジェンスの重要性、つまり企業が情報を収集し、自分たちで分析することの必要性を強く感じるようになった一つのきっかけは、サントリーが米蒸溜酒大手ビーム社を買収したことでした。ビーム社はロビイング活動やグローバルリスクの把握などはやっていましたが、地政学の観点のインテリジェンスというものではありませんでした。

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サントリーHD会長の新浪剛史氏がインテリジェンスの重要性に気がついたきっかけは「ビーム社買収」だったという ©文藝春秋

 そして、直接の大きなきっかけとなったのが、中国の武漢で発生した新型コロナウイルス感染症と、これをめぐる「米中の対立」を目の当たりにしたことです。

 感染症は国境を越える問題で、本来、国際協調が不可欠です。ところが、中国は重要な情報をいっさい公開せず、WHOの調査も拒否するなかで、米国では多くの死者が出た。

 米中対立激化の兆しは、コロナ以前からありました。2001年の中国のWTO加盟以降、米国の側には「中国は経済発展していけば、いずれ西側と平和的に共存できる民主主義国家になる」という期待があったわけですが、「米中の平和的共存は幻想にすぎない」という認識のもとに第一次トランプ政権が生まれ、そうした幻想を完全に打ち砕いたのが、新型コロナだったのです。

 鈴木 トランプ大統領は新型コロナを「中国ウイルス」と呼び、激しく批判しましたね。

地経学研究所所長の鈴木一人氏 ©文藝春秋

 新浪 この時、私は「今後、米中対立は激化する」と確信したのです。では米中対立のなかで日本企業はどう振る舞えばよいのか。これは簡単に答えの出ない難題です。

 むろん、米国は日本にとって最重要の同盟国です。

 他方、中国も重要な隣国で、日本経済も中国経済と切り離せない。米国とは異なり、日本にとっては、中国と完全な「分離(デカップリング)」は不可能です。

 日本の民間企業である我々も、米中対立の激化という難題を突きつけられている――こうした難題には片手間では対応できないという危機感から、専任の役員をトップに置いたインテリジェンス専門部署の設置に至りました。

 鈴木 インテリジェンスに関して、通常、民間企業は“外部”に頼るものですが、そうした部署を自前で“社内”に置くメリットはありますね。