ただ、彼女が広く一般に知られるようになったのは、アーティストとしてではなく、2021年にバラエティ番組『水曜日のダウンタウン』(TBS)の一企画に起用されたあたりではなかったか。これは、同じTBSの朝の生番組『ラヴィット!』に彼女がゲスト出演してクイズで珍回答を連発し、スタジオが騒然となったというもので、翌週の『水曜日のダウンタウン』の放送で、じつは別室から野性爆弾のくっきー!ら大喜利芸人たちが答えを考え、彼女にイヤホンで指示を与えていたと種明かしされた。
本人によれば「これは絶対に面白そうだな」と思ってこの企画のオファーを引き受けたという。以来、バラエティへの出演が急増する。おそらく、テレビ関係者のあいだでは、あのは自分の求められているものを即座に理解して、きっちり笑いが取れるタレントだと認知されたのだろう。
このあたりを境として、「あのちゃん」というキャラクターが世間に定着していった。アーティスト・anoとしても2022年4月にシングル「AIDA」でメジャーデビューし、同年11月発売のシングル「ちゅ、多様性。」が翌2023年にかけて大ヒットする。これをきっかけに彼女は音楽面でも注目され、過去の曲を聴いてファンになってくれる人も増えたという。2023年暮れにはNHKの紅白歌合戦にも初出場している。
「もう二度とやらない」と決めていること
昨年(2024年)8月にリリースされたシングルで、「普変」と同じく尾崎世界観が作曲し、彼女自ら作詞した「愛してる、なんてね。」は、「ヘイトも傷もエンタメに全部書き換えてあげる」という詞で始まる。そこには、これまで傷つけられるなどした経験も、バラエティ出演も含め、さまざまな活動を通じてエンターテインメントへと昇華してきた彼女の軌跡が反映されていた。ただ、一方で彼女はこんな信条も抱いているようだ。
《自分の経験を全部エンタメに変えていると言いましたけど、世間にさらしているのはせいぜい10分の3くらい。非公表にしていることも多いし。特に、「消費された」と思ったものはもう二度とやらない。そういうのは嫌なので、消費されたと感じない範囲での表現をしていますね》(『日経TRENDY』2024年12月号)
消費されることを避けるのは、自分の気持ちを大切にしているからだ。音楽活動でも、商業的にやり過ぎたり、無理して楽曲をつくることはしないよう心がけているという。
アイドル時代からモデルや俳優にも活動範囲を広げていたが、ここ数年はこの分野でも活躍が著しい。とりわけ、浅野いにおの同名マンガを2章に分けてアニメ化した映画『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』(2024年)ではYOASOBIの幾多りら(ikura)と前章主題歌「絶絶絶絶対聖域」を歌うのとあわせて声優として共演し、2人ともキャラクターのイメージにハマっていると話題を呼んだ。

