元キャンディーズ・田中好子と共演し親友に

 テレビ各局に和田勉のような名物ディレクターやプロデューサーがいてしのぎを削っていた時代でもある。『ザ・商社』に続いて夏目が主演した連続ドラマ『虹子の冒険』(テレビ朝日、1980年)のディレクターは、脚本家・向田邦子とのコンビで数々の名作ドラマを生んだTBS出身の久世光彦だった。彼女はOLからホステスに転身する女性という役どころで、同じホステス役で田中好子と共演する。

 田中にとってはアイドルグループ・キャンディーズ解散から2年を経て、芸能界への復帰作にして初のドラマ出演だった。田中は、自分より年は1つ下ながら俳優としては先輩である夏目が撮影前に、実際に銀座のクラブへ何度か行き、ホステスについて勉強していたと知り、少し焦ったという。収録中、悩む田中に夏目が「落ち込むよりも前向きに頑張るほうが大事だよ」と手紙をくれたこともあった(田中好子「落ち込むことは簡単だよ」、夏目雅子伝刊行会編『夏目雅子――27年のいのちを訪ねて』まどか出版、2001年所収)。結局、これが唯一の共演となったものの、二人はその後親友となる。夏目の没後にいたっても、田中は夏目の母から実の娘のようにかわいがられ、のち1991年には彼女の兄と結婚している。

田中好子さん(右。2011年死去)と共演したドラマ『虹子の冒険』(テレビ朝日、1980年)

流行語にもなった「なめたらいかんぜよ」

 その後、夏目は亡くなるまでの数年間、ドラマよりどちらかといえば映画に比重を置くようになる。とりわけ宮尾登美子の小説を五社英雄監督が映画化した『鬼龍院花子の生涯』(1982年)での演技は高く評価され、ブルー・リボン賞主演女優賞など映画賞にも多数輝いた。

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 同作で夏目は、大正から昭和初期にかけての高知を舞台に、家庭の事情から侠客・鬼龍院政五郎(仲代達矢)の養女となったヒロイン・松恵を演じた。松恵は鬼政が家の2階に囲う妾たちと寝食をともにするという壮絶な環境のなかで育ち、長じて彼の意に背いて女学校で学び、教師となる。のちには家を飛び出すと、自分を見初めた労働運動家(山本圭)と結婚し、苦労をともにした。

映画『鬼龍院花子の生涯』(1982年公開)

 流行語にもなった「あては高知・九反田の侠客・鬼龍院政五郎の、鬼政の娘じゃき。なめたら、なめたらいかんぜよ」は、同作の終盤のあるシーンで松恵が口にするセリフだ。ここだけ切り取ると、いかにも気っぷのいい啖呵に思える。だが、作品を通して観ると、この一言には、幼くして心ならずも鬼政の養女となり、そのために己ばかりか愛する人の人生をも狂わされながらも、最後の最後にその運命を受け入れた松恵の悲壮な決意が込められていたように筆者には思われてならない。