この大阪メトロの事案の代理人は、過労死弁護団全国連絡会議事務局次長で、30年にわたって数多くの過労死事件で遺族側の代理人を務めてきた岩城穣弁護士だ。直美さんはさっそく大阪市にある岩城弁護士の事務所に相談のメールを入れると、すぐに電話がかかってきて、岩城弁護士の事務所で面談することになった。
面談のなかで岩城弁護士は、これは過労死にあたる可能性があること、過労死の場合は労災申請ができること、自死(精神疾患)の場合の労災認定基準があることなどを直美さんに伝えた。このとき、直美さんははじめて過労死の可能性を認識し、また労災制度の存在を知ったという。
「岩城弁護士に会うまでは、過労死だとか労災だとかは全く思っていませんでした。仕事で亡くなったのが、どういう状況にあたるのかが知りたかったのです。岩城弁護士が丁寧にどうすればいいのか説明してくれたので、過労自死として労災申請することができました」
ニュースで明らかになるような過労死事件は、このような過労死問題に長年取り組んできた弁護士などの専門家による適切な対応があってはじめて救済が図られている。もし、直美さんが労災制度について知らないままであったら、日立造船で起こった二度目の過労死は起きなかったことになっていたであろう。
「事故として処理させてほしい」
直美さんが岩城弁護士に相談している最中の2021年9月頃、会社担当者は直美さんの自宅を訪れた。上田さんが亡くなって5ヶ月ほどが経過していたが、事故であれ自死であれ、社屋から転落したことは事実であるため、労災を申請するための書類を持ってきたのだ。
これまで会社側は「事故か自死か判断できない」と遺族に伝えてきていた。しかし、労災申請の段階になって明確にその態度を明らかにし、遺族の意向を確認することなく「会社としては、転落事故として、労災申請をしたい」と一方的に主張したのだ。ここでもし転落事故として申請して処理されれば、仕事中の「事故」だったため労災と認定される可能性自体は高かっただろう。しかし、そうなれば、長時間労働を含めた職場の過重労働の実態は労働基準監督署の調査からは外されることになってしまう。
すでに岩城弁護士に相談して労災制度について理解していた直美さんが「自死なので、精神疾患による過労自死として労災申請をします」と告げると、会社担当者は、まさかそんなことを言われるとはという反応で、取り乱していたという。そして、労災申請のために会いたいと会社側から言ってきたにもかかわらず、事故として処理できないのであれば持ち帰って検討すると、申請を引っ込めてしまった。「会社側は最初から最後まで、過労自死だと認めたくなかったのだと思います」
スマホのロック解除に50万円
「自死」としての労災申請に反対しているからか、会社側が提示した情報は限定的だった。そのため、労働時間以外の残業時間を把握するために、遺族は会社に資料請求を行ったり、自身でも労災申請の証拠となるような就労環境についての情報を集めなければならなくなった。