これとは対照的に、遺族が行った労災申請は、第三者委員会の結論とは異なり、亡くなる直前に精神障害を発症したこと、海外への転勤によってこれまで経験したことのない業務を行ったことなどを認めて、2024年3月に大阪南労働基準監督署が労災と認定している。

 なお、令和7(2025)年7月25日付けで(上田さんの32歳の誕生日)、直美さんのもとに第三者委員会から追加調査報告書が送付されたという。そこでは、会社側から追加資料として防犯カメラの動画を受け取り、調査分析をした結果「本案件の原因が上田氏による自死であった可能性が高いと認めた」とされていた。

「なぜ今さら」というほかない。

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ベストプラクティス企業の過労死「対応」

 膨大な時間と費用をかけて行った労災申請がようやく認められたが、遺族の予想に反して、認定されても会社からのアプローチは一切なかったという。

「労災認定されて記者会見まで行ったのでいまでは誰もが知っていることになったのに、会社からは3ヶ月経っても一言もありませんでした。私は労災が認定されたら謝罪に来るものだと思っていましたが……」

 会社からのアプローチがなかったため、遺族側から会社に対して謝罪や賠償、再発防止策の導入を求めて、現在交渉中である。

記者会見に臨む母の直美さん

 ここまでみてきた遺族への対応をみると、日立造船が過労死問題に誠実に向き合おうとしているとは考えにくいと言わざるを得ない。その一方で、日立造船は過労死や過重労働に取り組んでいる「ベストプラクティス企業」として国から認定を受けている、いわば「ホワイト企業」ということだ。

 2016年に大阪労働局は、「長時間労働削減に向けた積極的な取組を行っている」として日立造船を「ベストプラクティス企業」と表彰している。大阪労働局の資料によれば、日立造船の「深夜勤務(22時以降)の禁止」や「年休取得促進や年休取得に向けた個別フォロー」といった取り組みが評価されたようだ。(平成28年度 大阪労働局における重点対策 事項に係る取組状況

 筆者は過労死をテーマにして全国各地で講演を行っているが、講演の反応として「ブラック企業だけではなく、ホワイト企業も取り上げるべきだ」とか、「ホワイト企業を教えてほしい」といった声がしばしば寄せられる。しかし、「ベストプラクティス企業」認定を受けているグローバル大企業である日立造船が、証拠映像の開示を拒否し、遺族に過労死証明の責任を押し付けていることをみると、過労死の「闇」が如何に深いのかがわかるだろう。

 そして、その闇の深さゆえに、「ホワイト企業」を表彰したり社会に紹介したりすることが、安易にできないこともよくわかるのではないだろうか。

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【厚生労働省のサイトで紹介している主な悩み相談窓口】
▼いのちの電話 0570-783-556(午前10時~午後10時)、0120-783-556(午後4時~同9時、毎月10日は午前8時~翌日午前8時)
▼こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556(対応の曜日・時間は都道府県により異なる)
▼よりそいホットライン 0120-279-338(24時間対応) 岩手、宮城、福島各県からは0120-279-226(24時間対応)

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