上田さんが使っていた私用のノートパソコンやスマートフォンは会社から返却されていたため、それらを確認することから始めた。ノートパソコンにログインするためのパスワードは比較的容易に解析でき、パソコン内に残っていたメールや資料などをみて就労スケジュールを把握することができた。

 また、スマホのロック解除は自分では無理だったため、専門の業者に約50万円支払ってロック解除を行ったという。中身がみられるまで8ヶ月もかかったというが、スマホのメッセージアプリには業務に関する様々なやり取りが残されており、働いていた時間や職場環境について詳しく知ることができたという。

 自身で集めた資料やデータをもとに残業時間を概算すると、最長で1ヶ月あたり149時間にも上ったという。過労死ラインの月平均80時間を遥かに上回っており、遺族にとって過労自死であることは疑いの余地がなかった。

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会社の主張をなぞった第三者委員会の報告書

 一方で、遺族側は2021年の11月から第三者委員会の設立と調査を求めていた。しかし、その後、約1年半にわたり「協議中、人選中、調整中」との返答で対応をあきらめかけていた。そうしたところ、急に一方的に委員が人選され、調査がはじめられたという。

 会社側が第三者委員会を立ち上げたのは、遺族が労災を申請した翌月の2023年5月である。だが、この第三者委員会は大きな問題をはらんでいた。まず、会社側が雇った2名の弁護士で当初立ち上がったが、遺族が調べると企業M&Aなどが専門で、ふたりとも労働問題に日常的に取り組んでいる弁護士ではなかったという。

 そのため、遺族と弁護団は、抗議文を送付し、検討を止めるよう求めざるをえなかった。もともと第三者委員会の設置を求めていたはずの遺族側が、反対せざるを得ないような委員会が一方的に作られてしまったわけだ。

 結局、この第三者委員会には、上田さんが「転落」した時点の映像が残っている工場の防犯カメラの映像すら提出されず、2023年11月の報告書で「事故か自死か判断できない」という結論に至った。

「あまりに杜撰な調査と報告書でした。事故か自死かが大きな争点なのに、そもそも会社は映像があるのに公開しないという隠蔽を行っています。さらに、映像が見られないことをもって事故か自死かわからないという会社の主張を第三者委員会が一方的に採用しています」と直美さんは憤る。本来「中立的」な立場であるはずの第三者委員会の出した結論が、調査前の会社の主張と全く同じとなると、「第三者」の意味がない。

 そもそも会社が人選を決定し、また会社から報酬を受け取って調査を行う第三者委員会じたいに、公平性や中立性の問題があると指摘されており、日本では依頼する企業の意向に即した形での報告書を作成するための、単なる「禊(みそぎ)のツール」や「隠れ蓑」であるとも言われている(八田進二『「第三者委員会」の欺瞞 報告書が示す不祥事の呆れた後始末』)。