会社が直美さんに説明した仕事内容は、基本的には日中の仕事で、残業はあっても月60時間ほどだった。その説明の際には、現地工場のシフト表も見せてもらったという。
「しかし、このノートをみると、夜10時からずっと機械を計測していて、最後が朝5時になっています。他の日も夜中中計測して、朝4時といった記載もありました。夜通し働いていて働き過ぎだったのではと思ったと同時に、当初、会社が見せてきたシフト表は本当に合っているのかという疑念も湧いてきました」と直美さんは話す。
「弁護士に相談してみたら」という知人のアドバイス
夜通し働いていたかもしれないという疑念を抱いていたことに加え、労働時間のずさんな管理体制を何とも思っていない会社の様子に不信感を抱いた直美さんだったが、すぐに労災申請に至ったわけではなかった。
よく誤解されるが、過労死が起こっても労働基準監督署が勝手に調査に入ることはない。あくまで、当事者が労災申請を行ってはじめて労働基準監督署が調査に乗り出す。そのため、「過労死かもしれない」と遺族が思ったときには、何よりも労災を申請することが重要になる。
ただ、このような手続きについて最初から理解している遺族は極めて稀だ。これまでの記事でみてきたように、ほとんどの場合は、なにかのきっかけが与えられることで、労災制度について認識し、具体的な手続きを行うための支援者につながっている。
直美さんの場合、最初のきっかけは、知人からの何気ない一言だった。直美さんは子育てが一段落して以降、地元、富山県でエステティシャンとしてサロンを10年ほど経営していた。その仲間にサロンの運営やエステの技術などの情報を交換する知人がおり、「息子が亡くなったので、自分のサロンを少し休業することになった」と報告したところ、「もし仕事が原因だと思うなら、とりあえず弁護士に相談したほうがよいのでは」との助言を得た。
これまで、弁護士に相談するなど「敷居」が高すぎて思い付きもしなかったが、このアドバイスを受けて相談できる法律家を探すようになった。しかし、海外で亡くなったこと、手持ちの証拠が遺品のノートしかないことがハードルになり、ネットで「労働」、「弁護士」などと検索してヒットした何人かの弁護士に電話で問い合わせをしても、「海外だとかなり難しい」と断られてしまった。
途方に暮れているなかで、たまたまテレビをみていたところ、あるニュースが目に止まった。それは、2020年に大阪メトロで働いていた当時40代の男性社員が過労自死し、2021年6月に労災と認定されたという内容で、テレビには遺族と代理人弁護士が記者会見を開いて報告する様子が流れていた。「同じ過労自死のケースだったので、すぐに弁護士の名前をメモしました」