全国の自治体が、青少年の健全な育成を阻害するおそれがあるとして指定している「有害図書(不健全図書、8条指定図書、などとも呼ばれる)」。指定されたものは、18歳未満への販売や閲覧、貸出が禁止される一方で「表現の自由」などを巡って、これまで何度も議論や騒動が起こり、是非が問われ続けてきた制度でもある。

 こうした東京都の8条指定図書(旧不健全図書)制度が始まったのは、1964年だとされている。当時指定されたのは8冊、いったいどんなものが問題視されたのか? 永山薫氏、稀見理都氏による『有害図書の本』(三才ブックス)から一部抜粋し、お届けする。(全3回の1回目/続きを読む)

いわゆる「有害図書」の起源となった雑誌とは? ©Hakase/イメージマート

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 昭和39年の11月から始まった、東京都の青少年健全育成審議会にて指定されている8条指定図書(旧・不健全図書)も、すでに60年以上の歴史を持つ。令和7年の4月までに実に4350冊以上の指定が行われてきたわけだが、もちろん最初からマンガばかり指定されていたわけではない。

 指定されてきた図書はその時代、そのときに審議する人々によって変化してきた。まずは起点となった第1回青少年健全育成審議会(1964年11月開催)にて指定された不健全図書8冊がどのような図書であったのか見ていただきたい。すべてはこの8冊から始まったのだ。

 東京都の青少年条例は終戦直後の青少年犯罪の増加、高度成長期の青少年の非行化などを背景に、青少年の健全な育成を図ることを目的として全国の地方自治体で次々に成立し、運用が広まった条例の一つだ。

 当時、大人向けの図書が青少年に対し有害な影響を及ぼす、非行の入口だと考えられていた。この点に関しては、現代の「間違った性知識による悪影響」論とはだいぶ違うだろう。そのような非行を防止するするために選ばれた不健全図書には、どのようなものがあったのだろうか。