(2)同・部屋B

 紅色に染まった薄い闇。鳴海、天井から逆さに吊るされている。汗のかわりに塩が噴き、乾ききった唇から、低く獣の呻きが洩れる。

 

 渾身の、力。振り絞る。振り子のように軀を振る。腹部の筋肉がみるみる凝結し、盛り上がる。一秒、二秒。

 

 すさまじい腹筋・背筋をバネに軀を海老の如く折り曲げ、両足に巻きついたロープにしがみつく。急速に薄れゆく意識と闘いながら、ロープの輪っかを緩める。

 

 外れた。

 

 足から先に、床に崩れ落ちる。一隅の椅子の背に、背広の上着。ツイード。鳴海、這って、這って、這い寄る。上着のポケットをまさぐる。

 

 一丁の拳銃。

 

 鳴海「……」

 

 弾倉をチェックする。装塡、一発のみ。罠。と、識る。ドアに寄る。外に耳を澄ます。

 

――遠く、微かに、チャペルの鐘の音。

 

 鳴海「……」

 

 ノブに手を伸ばし、廻す。廻る。呼吸を整え、拳銃を握りしめてガッと弾け出る。

 開き直って書きはじめた脚本は、ひたすら鳴海昌平の身体的な動き(アクション)だけを追った。ほぼ何も話さない。ニコリともしない。敵の正体がわかり対峙してゆく緊迫感だけが売りのシンプルな構成。

 それだけではさすがに息が詰まる。トレンチコートの鳴海とピアノ弾きの謎のヒロインが冬の浜辺でほんのひとこと、ふたこと自らのプライベートを語るワン・シーン。物語の進行とは全く関わりなく鳴海が立ち寄る時計屋(で修理を担当する清純な女性従業員との短い会話)をスリー・シーン、はさみこんだ。

丸山昇一『生きている松田優作』(集英社インターナショナル)

6日間で仕上げた“ハードボイルド”

「ハードボイルドは、文体だから」

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 と伊藤からアドバイスを受けて、ト書きを名詞で終わらせる体言止め、センテンスを短くと思いこんだ私は、書店でついにハヤカワミステリを数冊買い、翻訳からそれらしい文体を拾ってそっくり真似た。するとなんとなく和製だけど“ハードボイルド”風になってくる。

 書店でついでに洋酒や拳銃の写真が多数掲載されたムック本を買う。この時まで酒を飲まずBARなどほぼ行ったことがないからバーボンとスコッチの違いもわからず、拳銃の種類やメカニック、シングルアクションとダブルアクションの違いもわかってなかった。

 伊藤が言った“文体”とは映画全体の雰囲気(ムード)のことだったが、あちこちに無知がはびこるいい加減な脚本(ホン)づくりは、指示された6日間でギリギリ間に合った。