「世の中、『ハート』ボイルドですよ」
「やぁ、丸山さん」
優作が、明るい顔でやってきた。下北沢、テナントビルの2階、珈琲の店「壇」。
「テレビ(の脚本)、最高だよ」
「あ、……」
おかげさまで、のつもりで私は黙って頭を下げる。
黒澤満と伊藤亮爾もいて、にこやかに頷いた。
『探偵物語』何話目かのロケが午後から休止になったらしく、優作はラフなシャツにサングラスで、
「数字、出てますね」
視聴率のことを言っている。第1話は20%超え。私はデビュー作で、20%ライターになった。
棚からボタ餅だが、世の中どうかしてる。
「優作さんの狙いが当たった。放映中も率が下がらなかったらしい。日本テレビも大喜びだし。優作さん、ひとりで背負ってるから大変だけど、大いに報われて良かった」
黒澤が、しみじみと言う。
「世の中、『ハート』ボイルドですよ、しばらくは」
ハートボイルド。
優作は、うまいことを言う。第1話を観るかぎり、狙いはそのハートボイルドだが実際にできたのはドタバタ劇に近いのでは。とは口に出しては言えない。
放り投げられた、幻の『遊戯』シリーズ第3弾
「それでさ、……」
優作は、丸めて握っている生原稿のコピーを、
「これはダメ」
とテーブルに投げ棄てるように置いた。
私が急いで書いた、『遊戯』シリーズ第3弾を想定した初稿。
開巻冒頭、殺し屋鳴海昌平は敵の組織に乗りこみ、銃撃戦の末、敵のボスの思いがけない正体を知る。が、そこで射殺される。なんと主人公が。鳴海昌平の遺体は組織によって闇に葬られた、はずだったが、その鳴海昌平が某所でのうのうと生きているという噂。聞きつけた組織が調査して驚く。
本当に鳴海昌平は、生きている。しかし、実はその正体は、鳴海昌平の双子の弟。兄と違って万事へっぴり腰のお調子者。住む町の愉快な仲間たちと楽しく過ごしているが、ボスの思いがけない正体をいつかは陽のもとにさらし襲撃してくると思いこんだ組織は、弟に追いこみをかける。
逃げる弟の情けない行動が人々には笑いを誘うが、本人は必死。ついには兄とともに仕事をしたことのある拳銃遣いの老師と出会い、少々呆け気味の老師から特訓を受けた弟は、兄の仇をとるために組織に乗りこむ。
「軽めのお笑いは『探偵物語』でたっぷりやるから。劇場(コヤ)でやるのは、完璧ハードボイルド。ストレートでやろう。例えば、『サムライ』」
簡潔に自信たっぷりと、映画会社で全権を掌握する社長のようで。そうしてゆったりと優作はコーヒーを飲み、ミスタースリムの端っこを長い指ではさんで吸ったところで、
「じゃ、よろしく」
と、放り投げた双子版鳴海昌平のコピー原稿を残して出て行った。
「カメレオン座の男」につづいて、またしても一方的に反故にされた。そんなことなら最初に看板スターとプロデューサーで話し合っておいてよ。『遊戯』シリーズ第3弾は、2作目までのおふざけはいっさいなしで、サムライ、だなんて。
