地下道路の先で怪しく光り輝く赤いドア。開けた先には、ピンが倒れる音と客の嬌声が鳴り響くボウリング場。この場所が、恐ろしい事件の舞台となる。

 寝る場所もなく毎夜街を彷徨う孤独な男アルマンの前に、ある日腹違いの兄で長年疎遠だったギヨームが現れる。強権的な父が死に、経営していたボウリング場を遺産として譲りたいという兄の申し出を弟は悩みながらも了承するが、これを機に周囲で陰惨な事件が起き始める。兄弟の確執と連続殺人事件が絡み合い、黒い闇夜に真っ赤な血が飛び散る陰鬱なネオ・ノワール。監督は、これが日本初公開作となるフランスの映画監督パトリシア・マズィ。

パトリシア・マズィ監督

「私の前作『ポール・サンチェスが戻って来た!』は犯罪映画にコメディが混ざったようなユニークな作品でしたが、同じプロデューサーから『次はひたすら恐ろしく獰猛な映画を』とオファーを受けたんです。それで今回は喜劇的要素の一切ない純粋な犯罪映画に挑戦してみたわけです。私が映画作りで何より大事にしているのは物語の展開する場所を決めること。事件の起きる場所をどこにするか考えるうち、ボウリング場というアイディアが生まれてきた。それも地下にある場所がいい。地上から地下へと下っていくと突然ボウリング場の入口に辿り着く。その構図から物語を発想していきました」

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 物語の重要なモチーフとなるのが狩猟の世界。アルマンとギヨームの父親は有名な狩猟愛好家で、ボウリング場は仲間との集会場でもあった。狩猟を嫌うアルマンだが、彼自身は女を「狩る」悦びに魅入られている。そして刑事である兄ギヨームは連続殺人事件の犯人を追いかける。動物愛護活動家のスアンという女性が登場するのも興味深い。

「伝統的なフィルム・ノワールの形式に従い、恐ろしき殺人者と事件を調べる刑事、そして男の運命を変えるファム・ファタルという人物像を考えていきました。ただしスアンは自分の欲望をしっかり主張できる現代的な女性でもあります」

© Ex Nihilo - Les Films du fleuve - 2021

 フェミサイドといえる女性連続殺人事件を描く本作では、激しい暴力描写は避けられない。とりわけ、セックスから次第に暴力へと発展する場面は目を覆いたくなるほど陰惨だ。時間をかけ慎重に撮影を進めたというマズィ監督は、暴力描写のある様々な映画を参考にしたという。なかでも大きな影響を受けたのは大島渚監督の作品。

「セックスシーンを描くうえで『悦楽』のフランス版DVDジャケットが参考になりました。男女が並んだ構図がとても面白くて。それと最も重要な一本が同じ大島渚の『日本春歌考』。広い空間にある集団がぽつんと配置された構図が素晴らしかった。ボウリング場に狩猟愛好家たちが集まり自分たちの偉業を讃えて歌を歌い始める場面は、まさに『日本春歌考』を参考にして作ったものです」

 恐るべき力を持つ父と、逃れられない宿命。兄弟の捻れた愛情と確執。どこか神話めいた世界で悲劇に直(ひた)走る男たちの姿が胸に迫る。

「結局は、女に場所を譲らない男たちの話なんですよね。狩猟愛好家の男たちが体現しているのは植民地主義的な家父長制の世界。その醜悪な世界から逃れようとする兄弟もまた、自分の中に潜む怪物性に囚われていく。悲惨な話ですが、これはある種の寓話なのです」

Patricia Mazuy/1960年、フランス生まれ。アニエス・ヴァルダ監督『冬の旅』(85)の編集を担当した後、『走り来る男』(88)を監督。イザベル・ユペール主演の『ボルドーに囚われた女』は2024年カンヌ国際映画祭監督週間で上映され高い評価を得た。

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映画『サターン・ボウリング』
10月4日公開
https://senlisfilms.jp/saturnbowling/

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