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この道のもとを辿れば…
玉川通りは都心部で青山通りと名乗る、国道246号のことだ。用賀までは首都高が上空を通る、東京都心と神奈川県央を結ぶ大動脈である。
二子玉川あたりでは駅のすぐ脇を抜ける玉川通りが町のメインストリートを担い、交通量の多い町中を避けたいクルマはバイパスを通る、といったあんばいで役割が分かれているのだ。
この国道246号、さらにもとを辿れば大山道だ。
江戸時代には丹沢山地の大山詣でに赴く人々が行き交った、歴史ある道筋だ。二子玉川は、そんな大山道が国道246号、玉川通りに受け継がれ、沿道に二子玉川駅やらライズやら、そして高島屋やらが集まって町を構成している。
古の大山道の時代から、二子玉川はメインストリートが多摩川を渡るその手前の町。やっぱり二子玉川は、ただの新しくオシャレな町というだけではない、奥深さを兼ね備えた町なのだ。
といっても、現在のような二子玉川が確立されたのは少なくとも戦後になってからであろうことは間違いない。
大山道の時代、またタワマンが建つより前のこの町の名残は、どこかに残っているのだろうか。それを探すべく、さらに歩を進めてゆこう。


