リアルな“爽子”を演じる
古澤 私は今作が初めての主演で、しかも中途半端では務まらない役を頂いたので、この役を委ねて下さった意図を汲み取って、全身全霊で取り組みました。
戸田 古澤さんにはこの役と向き合っても負けないポテンシャルがあると思ってこの役を渡したんですよ。爽子はADHD(注意欠如・多動症)の特性がある設定なんですが、撮影初日は「爽子はこういうところに注意が向くだろう」と意識的に芝居を作っている感覚が少し見えたかな? それが気になって、夜に「今日はどうでしたか?」と聞いたら……。
古澤 私、涙が止まらなくなってしまって。準備段階で知れば知るほど爽子のことが大切な存在になってきて、自分が1つ1つ演じることで、爽子が出来上がるということを実感したら、凄く怖くって、不安になったんです。それをつい口に出した時、監督が「不安なままでいいんじゃない」と言ってくれて。そこからは演じやすくなったし、爽子がより近くなった気がしました。
戸田 僕は俳優が不安をなくしたり、答えを見つけすぎたらもう何も起こらないと思っているんです。「こういう気持ちでこの台詞を言って下さい」と言ったら、指示通りのものは出てくるとは思いますが、整った芝居は僕はあんまり好みじゃない。もうちょっと“生(なま)感”というか、肉感みたいなものがほしい。だから、演出をする時も問いを投げかけることが多いですね。芝居中に俳優の中から生まれてくる答えこそが大事だから。
古澤 監督には「爽子は多動に対してそこまで自覚的なのかな?」とか「完全介護が必要なお父さんのこと、どう思ってるのかな?」とか問いを投げかけてもらって、撮影の期間を通して、ずーっとずーっと考えている状態でした。考えて考えて答えを出して、何かあったらまた問いかけをもらって。
戸田 爽子の父親との距離感に関してもずっと問いを投げ続けていた気がします。父親にも健康な時代があっての“今”だから。介護に時間を取られて嫌だとか、自分の夢を叶えられないとかの感情が爽子にあるにしても、気持ちの根っこの部分にあるものを想像してほしいと思ったんです。
古澤 爽子のADHDに対して監督がくれた言葉も印象的でした。「動かすんじゃなくて、動いてしまう」とか。すごく難しいと思いながら演じました。
戸田 僕の企画に共通するのはやっぱり生きづらさを抱えている人たちにスポットを当てているということ。今後は発達障害の夫婦の話、障害と貧困とジェンダーの問題を抱えつつ力強く生きている人の話、それから安楽死の問題とか、ご縁のある企画に向き合って撮っていきたいです。
古澤 実は私も高校生の時に拒食症になってしまって、その後は鬱を併発して、学校にも行けずに家に閉じこもって映画ばかり観ていた時期があったんです。現実世界に希望を見出せず、周りの人たちを嫌いになって、映画の中にしか自分の居場所を見つけられませんでした。高校を卒業する頃に完全に治して、今では人が好きになりましたが、「世界の見方ががらっと変わってしまった」という記憶は私の中に残っているんです。それを活かそうと思ってお芝居の道に進みました。自分の中では真っ黒な歴史の1つですが、自分がその日陰を経験したからこそ、日陰にスポットが当たっているような作品に今後も出演していけたら。
戸田 『市子』は9カ国ほど海外の映画祭にも出品しましたが、1人の人間をあらゆる角度から追いかけることで日本社会の闇が描かれていく点を評価して頂きました。人物を見せながら、それが社会につながっていく。『爽子の衝動』も爽子を追いかけるシンプルな撮り方ですが、介護や生活保護という日本に住む全員が関わる問題に向き合った作品です。生きづらさを抱えた人が身近にいることに気づき、その人を気にしたり、声をかけたり、ご飯のお裾分けをしたりと些細であっても優しさを見せられる人が増えたら、世の中も少しは良くなるのかな。そういう風に、観た人の良心に少しでも響くような映画になったらと思っています。
ふるさわめい/2000年生まれ。東京都出身。19年に初舞台を踏む。主な出演作として映画『ワレワレのモロモロ 小金井編』『恋愛終婚』(22)、ドラマ『買われた男』『海のはじまり』(24)『風のふく島』(25)、配信ドラマ『ヘイトバブル』(25)、舞台『狂人なおもて往生をとぐ』(23)などがある。
とだあきひろ/1983年生まれ。奈良県出身。映画監督、脚本家、演出家。劇団チーズtheater主宰。舞台『川辺市子のために』でサンモールスタジオ選定賞 2015 最優秀脚本賞を受賞。映画監督作に『名前』(18)『13月の女の子』(20)『散歩時間~その日を待ちながら~』(22)『市子』(23)など。



