検討が終わらない…笑顔で読み筋を交わしあう2人
検討は21時を過ぎてもまったく終わる気配がない。藤井はよく笑いながら高速で手を読み、伊藤も何なく打ち返す。藤井の高い声と伊藤の低い声が交差する。中村は2人の世界を笑顔で見守っているが、やがて主催紙の担当者が部屋に入ってきて立会人の中村に目配せする。
中村はあからさまに「言いたくないよ」という顔になるが、せっつかれてしぶしぶと「時間になりましたので」と言い、21時26分、感想戦が終了した。大川さんが「やっぱり(感想戦が)1時間超えましたね」と笑った。
打ち上げ会場に向かう途中で飯塚に感想を聞く。
「さすがは藤井さんですよね。結果的に中盤からは悪い局面はなかったのではないですか。あの▲2八角はまったく気が付きませんでした」
後日ABEMAで解説していた高見泰地七段にも話を聞いた。高見は伊藤の研究会仲間だ。
「序盤は伊藤さんがうまく指し回したのかと思います。後手で出遅れない作戦を持っているのはすごいなあと。藤井さんの玉を上がってからの攻めが印象に残りました。▲2八角もなるほどと感心しました」
打ち上げ会場で伊藤の隣に
打ち上げは、今回も伊藤の隣でご相伴させていただいた。反対側に座っていた飯塚が記者への解説用に質問し、伊藤は平然と答える。これなら私も聞いていいかな?
「(序盤の)あの局面での△4四角は研究会でやったことあるの?」
「いえ、研究会ではありません」
「もし(中盤で)▲3七角だったら△5七歩▲同金△2五歩▲5五歩△3三桂?」
「ええ、その予定でした」
最後に「控室では8筋に歩を垂らして先手に歩を使わせる順を検討していたのですが」と言うと「そうなんですか」と意外そうな表情に。そうか、あっちが歩を打たないのにこっちが歩を打つなんて考えないか。
いいなあ、AIにはない、この突っ張り合いが。人間同士の戦いだからこそだ。本局では、伊藤の敗因を述べることに意味はない。勝因は藤井の▲2八角、これだけでいいのだ。
一流になるプロ棋士の条件
今、この原稿を書きつつ▲2八角の局面を再び眺めつつ、谷川浩司十七世名人の言葉を思い出している。
常識や本筋が分からない人はプロになれない
本筋の手しか指せない人は一流になれない
詰将棋では打ち歩詰めを回避するために、わざと飛車の利きを止めるという手が出てくる。幼稚園の頃から難解な詰将棋を解いてきた藤井だからこそ、この手を発見できたのだろう。▲2八角は、藤井の才能と、そしてたゆまぬ努力が指させた手なのだ。
2人の戦いを見るのはとても楽しい。そしてもう1局見ることができる。最終決戦は10月28日、山梨県甲府市「常磐ホテル」だ。
写真=勝又清和
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