藤井聡太王座に伊藤匠叡王が挑戦する第73期王座戦五番勝負(主催:日本経済新聞社、日本将棋連盟、特別協賛:東海東京証券)は2勝2敗のフルセットとなり、最終第5局が10月28日に山梨県甲府市「常磐ホテル」で行われた。レポートに入る前に、ここまでの流れを紹介しよう。

第1局(シンガポール):後手になった藤井が雁木を採用。伊藤の急戦に対し、藤井がうまい反撃を見せた。消費時間わずか14分で飛ばした局面で、伊藤が対応を誤った。シリーズは藤井の快勝でスタートした。

第2局: 藤井の角換わりに対し、伊藤は早繰り銀を採用して急戦に。終盤、伊藤の△2二銀引が逆転を呼び込む一手となり勝利。「受けの伊藤」の本領発揮の一局だった。

第3局:伊藤が相掛かりから攻めに攻めまくる。途中は難しいところもあったが、藤井は伊藤の指し手を予測しきれずミスが出て、最後は伊藤が競り勝った。

第4局: 藤井が角換わりに誘導したのに対し、伊藤はオーソドックスな出だしを避ける新手で対抗。だが中盤、藤井が常識外の一手▲2八角で快勝した。

 大一番なので対局開始前から表情が見たい。私は朝5時に起きて、自宅から常磐ホテルに向かった。対局室に入ると、両者の顔つきは対照的だった。伊藤は普段通りだったが、藤井は顔色がやや白く、視線が鋭い。いつもよりも近寄りがたい印象を受けた。

山梨県甲府市「常磐ホテル」で行われた最終第5局(写真提供:日本将棋連盟)

 振り駒の結果と金が3枚で伊藤の先手となった。両者とも微動だにせず、表情も変わらない。午前9時、両者深々とお辞儀をして対局が開始された。

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序盤からハイスピードで進行

 藤井は第1局では雁木にしたが、今回は伊藤の得意戦法である相掛かりを受けて立つ。立会人の青野照市九段、新聞解説の飯島栄治八段に挨拶してから、私も検討に加わった。飯島は相掛かりを愛用しており、定跡書も出している。本局の解説にはうってつけの人選だ。

立会人の青野照市九段(左)と新聞解説の飯島栄治八段

 同じく相掛かりの第3局では互いに引き飛車に構えていたが、本局は双方浮き飛車に。そして、開始30分もしないうちに、伊藤が飛車をぶつけた!

 飛車交換に応じれば藤井が先に攻められるのだからと、検討では取る手から調べていた。だが、藤井は6分弱の考慮で歩を打って交換を拒否する。

 進行の早さから察するに、ここまで両者とも研究範囲のようだ。皆で「現代相掛かりはそういうものなんですか」と感心するやら、首をひねるやら。

控室には憲法学者の木村草太さんも訪れた。木村さんは将棋連盟の非常勤理事だが、自ら大盤解説会に申し込んで常磐ホテルまで来たそうだ

 藤井は左の桂に右の桂と桂馬を活用して、前のめりの姿勢だ。対して伊藤は悠然と右銀を進出していく。5段目まで銀が進出できれば盤上を制圧できるが、この瞬間は伊藤の飛車の横利きが止まっている。仕掛けのチャンス。いや、これは伊藤が仕掛けを誘っている。

 藤井は1時間以上もの大長考で端歩を突き捨ててから右桂を跳ねた。戻れぬ桂が5段目に跳ねたのだ。もう後戻りはできない。王座の冠を左右する桂跳ねだ。