藤井聡太王座に伊藤匠叡王が挑戦する第73期王座戦五番勝負、第4局は10月7日に神奈川県秦野市「元湯  陣屋」で行われた。夕食休憩からの再開後、藤井はすぐに自玉前の歩を突き出して戦線を拡大する。藤井の辞書に「怖い」という文字はない。

王座戦第4局は夕食休憩後に正念場を迎えた

 先手の攻めは歩の小技が主体だ。なので控室では8筋に歩を垂らして先手にも歩を使わせ、持ち歩を削る手を中心に検討していた。伊藤が限られた持ち時間での長考に入ったところで、中村修九段と私も解説会にゲスト出演した。5五に角が威張っているので追い出すのかなと話していると、伊藤は2筋の歩を突いて桂を取りに来た。角を放置したままだ。

 ずいぶん引っ張り込むなあ、伊藤も突っ張るなあと2人で感心する。藤井はぽっかり空いた銀の頭に歩を叩いて後手陣を乱し、ここで再び考える。

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「伊藤さんがうまく対応しましたか」

 やがて藤井が6筋の歩を取り込むと、伊藤は手順に角取りで銀を出る。ここで藤井は角をどこに逃げるか? 第一感は▲3七角か。と、ここで中村が後手側の名案を編み出した。

「(▲3七角だった場合)5七に歩を叩いて金を5七に動かし、(2筋の)桂を外したあとに△3三桂(跳ね)から△4五桂!がありますね」

大盤解説会での中村修九段(読者提供)

 なるほど、桂跳ねで2一のマス目を開けて、玉の逃げ場所を作りつつ、さらに桂を跳躍すれば角金両取りになる。伊藤よりむしろ藤井が好きそうな手順だ。というわけで▲3七角の線は消えた。だけど4六や6六に行くのでは敵の駒に近すぎて当たりがきついなあ。中村も私も(そして当の伊藤も)、角の逃げ場所がもう一つあることに気がついていなかった。

大盤解説会での筆者・勝又清和七段(読者提供)

「伊藤さんが攻めを引きつけてうまく対応しましたか」などと解説して、我々は解説会場をあとにした。私は第2局のことを思い出していた。あの将棋も、伊藤は藤井の5五馬を放置して手を渡し、見事な逆転勝ちを収めたのだ。「受けの伊藤」の本領発揮か。

 次の一手を見るまでは、これで藤井が困ったと思っていた。