藤井聡太王座に伊藤匠叡王が挑戦する第73期王座戦五番勝負、第5局は10月28日に山梨県甲府市「常磐ホテル」で行われた。

 97手目▲6一金で藤井投了。終局時刻は午後8時34分。開始30分もしないうちに飛車をぶつけ合ったが、結局は11時間34分の力闘だった。

終局直後の対局室。伊藤匠(右)が王座のタイトルを奪取した ©︎勝又清和

藤井は読み負けていたことを正直に明かした

 藤井の攻めを真正面から受け止めて、自らブルファイトに持ち込み、正確なカウンターパンチを返してねじり合いを制するとは。▲8四桂からの攻防は歴史に残るだろう。

ADVERTISEMENT

 名局は1人では作れない、2人で作り上げた芸術作品だ。新聞解説の飯島栄治八段が皆の思いを代弁するかのように、「時間いっぱいで、長かったなあ。伊藤さんギリギリの勝ち方だったなあ」とつぶやいた。

 対局室に入って2人の表情を見る。藤井は何が悪かったのか考えているように見える。一方伊藤はと見ると、おや? 耳が赤くなっていないぞ。伊藤は小さい頃から、力が入ると耳が赤くなっていたのだが。

 インタビューを終え、大盤解説会で挨拶し、それから感想戦に。取材に来ていた観戦記者の大川慎太郎さんと対局室に向かいながら「歴史を見ましたねえ」と語り合った。

 感想戦、藤井は笑みを浮かべていたが、時々悔しそうな表情になる。対して伊藤は落ち着いた表情だ。

藤井は時々悔しそうな表情を見せた

 感想戦で読み筋の差を見せつけられていた2023年の竜王戦第1局や、昨年6月20日の叡王戦五番勝負第5局と比べれば、彼の表情はまるで別人のようだ。何回りも大きくなっている。成長が態度にも現れている。

 それにしてもこれだけ取材が入っていても寒いなあ。暖房は低めにしているのかなと、リモコンを見ると、なんと冷房で21度。それでも両対局者は平然としている。いや、むしろ暑そうだ。まあそれだけ燃え盛る将棋だったしなあ。

 やがてあの▲8四桂の局面になり、藤井が「そうか、本譜(▲8四桂)でさわやかでしたね」と、読み負けていたことを正直に明かした。感想戦は40分ほどで終わった。

 かくして伊藤匠が叡王と王座の二冠王に、また、タイトル3期で九段に昇段した。

終局後の記者会見での伊藤新王座

 2018年2月、伊藤三段(当時)は、藤井対広瀬章人八段(当時)の朝日杯将棋オープン戦決勝の記録係を務めた。目の前で全棋士参加棋戦優勝の最年少記録を更新するところを見た。悔しかっただろう。