藤井聡太に11連敗…それでも伊藤はあきらめなかった

 伊藤が2020年10月1日に18歳になる直前(10月10日生まれ)で四段になったとき、藤井は王位・棋聖の二冠を保持していた。最初の対戦は2021年12月の伊藤新人王対藤井竜王の記念対局。結果は敗北。それから竜王戦七番勝負、棋王戦五番勝負に挑むも、藤井相手に公式戦で11連敗もした。

 そこから死に物狂いの努力で藤井から叡王を奪った。奪取した直後はタイトルホルダー疲れで調子を崩すも、立て直して叡王を防衛。そして今回、藤井から2つ目のタイトルを奪った。

会見では笑顔を浮かべる場面も ©︎文藝春秋

 伊藤のタイトル獲得・防衛はすべて●◯◯●◯という星取り。あと一つで敗退という場面から、最終戦をものにするという展開で、これでタイトル3期を重ねた。

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 第4局が終わったあとの打ち上げで、伊藤は負けたのにもかかわらず平然としていた。伊藤の強さは受けではない。精神的なタフさだ。そしてそのタフさはこの1年でさらに磨かれている。

 藤井が相手の2つのタイトル戦で伊藤は6勝4敗だが、勝ちのうち3局は後手番でのものだ。藤井は先手番の通算勝率が8割8分超えなのだから、いかに受けが強いかわかるだろう。

タイトル奪取の翌日に話を聞いた

 翌日に電話で伊藤に話を聞いた。読んでいた量が膨大だった。とてつもなく広く読んでいるのだ。急所だけ抜粋する。

——仕掛けの周辺について。

「記憶が定かではないですが、(44手目)端に歩を垂らされるところまで考えていたことがありました」

——と金を手抜いた手順について。

「飛車を取られて王手されるのが厳しいので、速度優先で△8八とを手抜くのは、それほど見えづらいというわけではなく、自然かと。また、▲5三歩が入ったのが大きいので攻め合いで行きたいという気持ちがありました」

 55手目の1時間13分の長考のときの読み筋を聞くと「と金は残されているほうが嫌みが残るので取らないと思っていましたし、その後も本譜の進行になりそうな気がしていました。70手目△4二金までは進みそうだなと思っていました」

 と金を取らないのも、3二の金を動かしてくるのも読んでいたのか!

「すごいねえ」と言っていると、「ただ、読み切っていたわけではないです。最後もヒヤヒヤしていました。(88手目)△5七桂成に対して▲7一竜△6一金▲6二金△4二玉▲5七銀と、金を使わせて詰めろをかけるのは△3四銀!というただ捨ての銀で▲3四桂を消されてしびれることが分かって」

藤井は敗れ際に“最後のワナ”を仕掛けていた

 電話越しに絶句。藤井は△3四銀なんて手を狙っていたのか。そして1分将棋の中、伊藤は罠を読み切って回避したのか。どっちも読みがすごすぎる。

「本譜も金銀銀を持たれて自玉が詰まないという確証はなかったんですが、腹をくくれたのが良かったと」