“ドラマ界のアカデミー賞”とも言われるプライムタイム・エミー賞。中でもドラマシリーズ部門の作品賞は映画界のアカデミー作品賞に比肩する最高栄誉だ。昨年は『SHOGUN 将軍』が作品賞を含む史上最多18部門を受賞し話題を呼んだ。今年の第77回エミー賞の作品賞は『ザ・ピット/ピッツバーグ救急医療室』(U–NEXTで独占配信中)。映画並みの巨額予算を投じた大作がひしめく中、硬派な医療ドラマが最高栄誉に輝いた。
舞台はペンシルベニア州ピッツバーグの病院の救急医療センター。そこで働く医療従事者たちの姿を描いた物語だ。……と聞くと、『ER 緊急救命室』のようなドラマを想像するかもしれない。主演を務めるノア・ワイリーも『ER』でカーター医師を演じた俳優だ。しかし、本作はまるで“ノリ”が違うのだ。彼が演じる救急医のリーダー、ロビー医師は朝7時の出勤時から表情が冴えない。病院の待合室を一瞥すると既に人だかりが……。患者の待ち時間は平均6時間。次々に患者が押し寄せてくる。
「救急医は3~5分おきに患者間を渡り歩く」
その言葉の通り、目が回るほど忙しい救急医療現場。ここで働く者は皮肉を込めて自らの職場を「地下室(ピット)」と呼ぶ。まるで地下牢に閉じ込められたように、終わりなき救急医療に身を捧げる。その過酷な日常を臨場感のある手持ちカメラと息つく間もないテンポのよい編集で描く。撮影シーンもほぼ医療センター内だけで展開する徹底ぶりだ。
さらに特筆すべきは、本作が全15話を通して彼らの1日の勤務を描いている点だ。第1話は「午前7~8時」。つまり、1話ごとに1時間の出来事が描かれる。まるで、あのドラマ『24』のように。そうして視聴者にある“最悪な1日”を追体験させる作りだ。
ドラマで描かれる救急医療現場は、謂わば“米国社会の縮図”。次々運ばれてくる患者の背景から格差や薬物依存など社会問題が浮かび上がる。そんな現実を目の当たりにする医療者たちは社会の矛盾の矢面に立たされる。長い待ち時間に苛立った患者から理不尽な暴力を振るわれ、病院からは業務効率化と顧客満足度の向上を同時に求められる。現場は人員不足で疲れ果て、プレッシャーやストレスから人間関係も悪化。救急医のリーダー、ロビーもコロナ禍での辛い体験を経て心を病んでしまっていた。
だが、このドラマが本当にスゴイのは「第12話」からだ。それまでも現場は常にギリギリの状態なのだが、街で銃乱射事件が発生し、数え切れないほどの銃創患者が運ばれてくる事態が発生する。現場は文字通り“野戦病院”と化す。阿鼻叫喚の地獄絵図の中で奮闘する医療従事者たちは、それまでの軋轢を乗り越え、目の前の命を救うために全力を尽くす。そんな彼らの姿に思わず目頭が熱くなる。
人命救助に身を捧げる彼らは決して聖人君子ではない。誰もが欠点や弱みを抱え、過ちを犯し、互いに補い合いながら生きている。
「常に正しい人はいない」
本作を貫くテーマを挙げるとすれば“赦し”だろう。
制作者の気骨や崇高な精神に心打たれる、医療ドラマの新たな傑作である。
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『ザ・ピット/ピッツバーグ救急医療室』
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