3000円で春を売る老女・久美(仮名)。取材で訪れたラブホテルの一室で、彼女は「先にお湯をためてきますね」と言い残し、静かに服を脱ぎ始めた──。その痩せ細った体に刻まれた無数のシワは、彼女が語る“50代”という年齢を明らかに超えていた。かつては大阪で家庭を築き、娘を育てたひとりの母親。風俗とは無縁だった彼女が、なぜ歌舞伎町で路上に立つようになったのか。

 ノンフィクションライターの高木瑞穂氏の文庫『ルポ 新宿歌舞伎町 路上売春』(鉄人社)より一部抜粋してお届けす。なおプライバシー保護の観点から本稿の登場人物はすべて仮名である。(全2回の2回目/最初から読む

長年、歌舞伎町で春を売り続ける久美さん(写真:筆者提供)

◆◆◆

ADVERTISEMENT

いつもは風呂場で客の体を洗ってあげている

 眠らない街といわれる歌舞伎町にあって、その日の朝は人けがまばらだった。僕は老女と、歩いてすぐの距離にある古びた外観のラブホに入る。

 本人にもあらかじめ伝えたように、こちらの目的はあくまで取材である。が、よくは理解していなかったのだろう。その証拠にインタビューをしようとテーブルの上にテレコを出して録音ボタンを押す僕に対して老女は、「先にお湯をためてきますね」と言って風呂場に向かい、キュッと蛇口を捻る音をさせてから戻ると、目的はアレでしょと言わんばかりに着衣を脱ぎ始めるのだった。

「名前をお教えいただけますでしょうか」
「久美(仮名)です」
「歳は?」
「うーん、50代前半」

 僕と片手で数えるほどしか変わらない50代前半、と言われてうなずくことができなかったのは、自ら裸になった久美さんを見て衝撃を受けたあとにこの質問をしたからだ。

 痩せほそった体も、人生の年輪といわれる肌のシワも、すべて経年劣化が顕著で少なく見積もっても60歳以上だと容易に推測できる。であればこそ、サバを読む久美さんについてどう考えるか。