「頑張りなさい。私たちは待っているから」
この言葉が、浩子さんに火をつけた。とはいえ、牛肉弁当以外の名前で売るだけでは、根本的な解決にならない。
誰も見たことのない、特別な駅弁を作るしかない――。
五感に響かせる「モー太郎弁当」誕生
起死回生の一手になったのは、雑誌で見かけた「五感に響く和菓子」というキャッチコピーだった。駅弁を五感に響かせるなら、どうする?
「視覚」と「触覚」は、黒毛和牛を象徴する、猛々しい牛の顔の形のパッケージを。顔のリアルな凹凸は、目を見張るインパクトがある。「嗅覚」は、すきやきの香ばしくて甘い香り。「味覚」はもちろん、黒毛和牛をふんだんに。そして「聴覚」を考えた時、浩子さんの脳裏に、開くとメロディーが流れる誕生日カードが浮かんだ。
業者に相談すると、光センサーで音楽を流す仕組みは可能だという。曲は「鉄道唱歌」と「ふるさと」に絞った。駅弁だからと、浩子さんの心は8対2で「鉄道唱歌」に傾いていた。しかし、ふと女優時代、演出家の松浦氏に言われた言葉が頭をよぎる。
“ありがとう”というセリフにも100通りある――。
「めんどくさそうなありがとう、心からのありがとう、泣きそうなありがとう。同じ言葉でも、音の高低・リズム・間の取り方で伝わる感情が変わります。駅弁を開けた時に流れる音楽は、どんな感情を呼び起こすの? と、問いかけて。100人のお客さんがいたら、100人にふるさとがある。『鉄道唱歌』なら、歌詞の通り新橋から横浜への鉄道開通という特定の歴史しか想起させないけど、『ふるさと』なら聞く人それぞれの原風景につながると思いました」
女優として100通りの表現を学んだ経験が、この選択を後押しした。牛の顔を開けたときに「ふるさと」が流れれば、誰もが心の琴線に触れる何かを感じるはず。
2002年10月14日「鉄道の日」、日本初のメロディー付き駅弁「モー太郎弁当」の販売をスタート。浩子さんはニンマリする。