しかも、女性のトイレは、熊本の事件現場とは逆で、奥まったところに配置されている。つまり、「入りにくい場所」になっているのだ。女性用トイレが奥側にあると、女性が男性の犯罪者に尾行されても、トイレに入る前に「おかしい」と気づくことができる。周囲の第三者も、「なぜあの男は奥側に行くのか」と異変を感じ取ることができるので、犯罪者は尾行しにくい。
こうした配慮に基づき設計されているのが海外のトイレだ。その結果、犯罪機会論を採用していない日本のトイレとは、デザインが大きく異なることになった。
次の図表1は、日本と海外の公共トイレのよくあるパターンを比較したものだ。
日本のトイレは通常、三つのゾーンにしか分かれていない。男女専用以外のゾーンには「だれでもトイレ」などという名が付けられ、身体障害者用トイレは男女別になっていない。つまり、「入りやすい場所」だ。ゾーニングの発想が乏しいのは、「何事もみんなで」という精神論が根強いからかもしれない。
コンペで最優秀賞をとった、品川の“犯罪を誘発するトイレ”
これに対し、海外のトイレは通常、四つのゾーンに分かれている。男女別の身体障害者用トイレが設置されることもあれば、男女それぞれのトイレの中に障害者用個室が設けられることもある。
海外では、男性用トイレの入り口と女性用トイレの入り口が、かなり離れていることも珍しくない。入り口が離れていると、男の犯罪者が女性を尾行して、女性用トイレに近づくだけで目立ち、前を行く女性も周囲の人も異変に気づく。
例えば、次の写真は、男女の入り口が離れているチェコのトイレだ。これだけ動線が分離していれば、怪しまれずに尾行するのは不可能に近い。
繰り返しになるが、日本では犯罪機会論が普及していない。そのため、危険なトイレが次々に提供されている。例えば、強制わいせつ事件(2021年)が起こった大井町駅前トイレは、品川区の実施した設計コンペティションで最優秀賞を受賞したトイレだ。この場所は駅前で人通りも多く、夜も比較的明るい。しかし、そこは「入りやすく見えにくい場所」だった。