──学歴を偽った状態で就職して、密かに勉強を始めたと。
川口 24歳から勉強を始めて、まずは中卒認定試験の合格を目標にしました。履歴書に行ったことのない学校名を書く人生は、もうイヤだったからです。それに、街中で学生を見かけたり、職場で学校時代の話が出るたびに感じていた劣等感も原動力になったと思います。
でも勉強を続けるうちに、自分の中で気持ちが変わってきました。実家で姉に怒られながらの勉強は嫌で仕方なかったのに、初めて見る教科書には、24歳の私に必要なことが詰まっていたからです。難しい内容もありましたが、参考書やYouTubeで調べるのを繰り返すうちに「ここまではわかった」「私、頑張ってるな」と自己肯定できるようになりました。小さい頃からほめられたことがなかった私には、初めての感覚でした。
──中卒認定試験はどうだったのですか?
川口 受けようと思い、3年ほど独学を続けていた頃に「三重県に夜間中学の準備教室ができる」というニュースを見たんです。 “さまざまな理由で中学校に通えなかった人が対象”というのを見たら「本物の学校へ行きたい」という気持ちが噴き出して、すぐに申し込みました。
──26歳で三重県の夜間中学準備教室へ。人生初の学校生活ですね。
川口 学生時代を1日もやっていないというのはすごいコンプレックスで、ずっと「普通」になりたいと思っていました。だから準備教室に通うことで、世間の人たちとようやく同じスタートラインに並べる気がしました。最初に教室に入ったときのことは、今でも覚えています。
「ひとつひとつが、青春をやり直している感じがしました」
──どうでしたか。
川口 「黒板て、本当にあるんだ……!」というのが衝撃でした。私にとって教室や黒板やチョークは「テレビやアニメの中にあるもの」で、直接見られるとは思わなかったので。本物にさわれてとてもうれしかったです。
そして机に生徒が並び、同じ教科書を開いて先生の話を聞く。先生が問題を出し、生徒が答えを黒板に書いたり、みんなで話し合って考える。 “授業”という言葉は知っていましたが「実際はこんな感じで進むのか!」と感動しました。特にいいなと思ったのは、難しい問題があったら、先生にすぐ「わかりません、教えてください」と聞けることです。家で独学するのとは全然違いました。
──すべてが新鮮だったのですね。
川口 教科書が無料でもらえることにも驚きました。それまでは本屋さんで取り寄せて買っていましたが、義務教育は教科書が無料で支給されるんですよね。あと、ときどきテストがあって「テスト嫌やなぁ」と思うことさえも初体験で。
ひとつひとつが、青春をやり直している感じがしました。そして準備教室に在学中の27歳のとき、中卒認定試験に合格しました。

